母の帰省ミッション

婚約を決めた娘のアリソンが「ウエディングは自宅でする!」と言い出し、はじまった自宅での手作り結婚式。式に向けたミーティングでの旦那さんの言葉を発端に、渡辺さんは帰省先の日本であるものを調達することになりました。

29年前の結婚式で使った信楽焼

ウエディング会場の準備は、花嫁の両親である私たち夫婦だけで決められることが多いし、招待状を送ったりする作業は花嫁と花婿だけで進められる。けれども、メールやテキストメッセージでの確認ではすまないことも多いので、結婚する2人にメイド・オブ・オナーのハナと司会者のアナを含む主要メンバーをわが家に集めてミーティングを何度か行った。


ミーティングそのものも楽しまねば!

そのミーティングのひとつで、シャンパンでの乾杯のタイミングを話し合っていたとき、夫が29年前の私たちの結婚式での思い出話をし始めた。

「結婚式でアメリカに戻る前に、2人で信楽の焼き物の里に行ったんだよ。あのたぬきで有名な……」

夫のお気に入りのエピソードなので、私は暗唱できるくらい聞き飽きている。

スタジオ・ジブリのアニメが好きなアリソンとベンは、「あの狸だね!」とすぐに「平成狸合戦ぽんぽこ(英語のタイトルはPom Poko)」を連想している。ミーティングはすっかり日本の狸伝説で横道にそれてしまった。

「その焼き物の里で、いろんな種類のお猪口を100個以上買ってアメリカに持ち帰り、それを使って日本酒で乾杯したんだ。そして、お猪口はお土産として参列者に持ち帰ってもらった。参列者にすごく受けたし、今でも大事にしてくれている人がいるよ……」と夫は続ける。


29年前に信楽で買い集めて結婚式に使ったお猪口の残りを「思い出」として飾っている棚

夫の思い出話がこれ以上長引くと、ミーティングの議題をすべて終わらせることができない。そこで、私は「そうね、楽しかったよね。それでは乾杯のタイミングとプログラムの要件に戻りましょう」と割り込もうとした。

ところが、アリソンが「それは素敵なアイディア! 私たちもやりたい」といい出したのだ。ベンやハナも「ユニークで素敵なアイディア」とそれに賛同する。

意外な展開に、私は心中焦ってきた。

「お猪口はどこで入手すればいいのだろう?」という質問がどこからか出てきたとき、全員が私のほうを見た。私は「インターネットで探せばあるんじゃない?」と肩をすくめた。面倒なことにならないよう、この熱意に水をかけて、さっさと軌道修正しなければならない。

すると、アリソンが名案を思いついたように目を輝かせてこう言い放った。
「マミー、11月に日本に行くのよね。その時に買ってきて」

夫も「それは素晴らしい名案だ」と言っている。

私は唖然とした。

仕事と実家への帰省をかねた2週間ほどの日本帰国はいつも大変なのだ。

東京だけでなく関西地方と山陰地方、ときには別の場所まで足を伸ばすのだが、それらの場所で会う人たちへのお土産と2週間ぶんの衣服を詰めた大きなスーツケースを持って日本中を渡り歩くのは不可能だ。宅急便を利用してスーツケースを旅先に送るのだが、短時間で移動し続けるときには間に合わない。そこで、たいていの場合はスーツケースを東京のホテルに置いて、必要最小限のものを別のバッグに詰めて移動することになる。こういった段取りを考えるだけで、いつも疲弊してしまう。

既に頭が痛い問題なのに、その旅の途中でお猪口を120個(+割れることを考えての余分10個)買ってくることを求めるとは……。彼らは私を超人だとでも思っているのか!

私は憤慨を抑えて平静を保ち、「アメリカからでもネットで買えるよ」と抵抗したのだが、「日本で入手した日本のものであることに意義がある」と全員が盛り上がっている。とどめに、アリソンが子犬のような目で見上げて「マミー、お願い〜」と言う。このテクニックが有効だと知ってわざとやっているのだ。知っていても、母は子供のおねだりに抵抗できない生き物である。

この大役をしぶしぶ受け入れた私は、ふだん使う大きめのスーツケースと猪口専用に小さなスーツケースの2つのスーツケースを持って日本に向かった。パスポートなど重要なモノは両手を使わなくてよいクロスボディバッグに入れ、背中にはラップトップコンピュータが入った重いバックパックを背負い、両手には2つのスーツケースという戦略だ。だが、その格好で日本国内を移動することは日本社会が許してくれない。そこで、「一泊用」の必要最小限のモノを詰めたボストンバッグを大きいほうのスーツケースに入れておく。成田に到着したらそれをスーツケースから速やかに取り出し、日本で会う人に渡すお土産が詰まったスーツケースは2つとも宅急便で故郷に送るという計画だ。

成田空港に降り立ってすぐ、その重装備で宅急便のカウンターに向かってスピードウォーキングした私は、11月末だというのにすっかり汗だくになってしまった。カウンターに到着して汗だくのままスーツケースからボストンバッグを取り出す私は周囲から変な目で見られたが、世界中を渡り歩いている私はこのくらいの冷たい視線では凹まない。

スーツケース2つを預けてやや身軽になった私は、JRの成田エクスプレスを利用して東京駅に行き、予約しておいた駅直結のホテルに1泊し、翌朝に京都経由で山陰地方の故郷に向かった。

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まさかの自宅ウエディング

渡辺由佳里

娘のアリソンが長年のボーイフレンドのベンと婚約を決めた。と思ったら、「ウエディングは自宅でする」と言い出してパニックに陥ってしまった渡辺由佳里さん。自身の経験から結婚式にトラウマも抱える渡辺さんとその家族の1年にわたる「手作り結婚式」...もっと読む

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コメント

yaki_nori お猪口120個を日本から米国へ!ただ集めればいいってものでもないし、大変だ(@_@) でもそれだけ特別なパーティーになったんだろうな〜 29日前 replyretweetfavorite

tsugorou たくさんのお猪口と徳利を割らずにアメリカから日本までハンドキャリーするだけで神経すり減りそう… https://t.co/xFOJz1LJDM 30日前 replyretweetfavorite

Lave_chamo そんなに古いお猪口が外国で喜ばれるなんて驚き。というか、日本酒以外で何に使うのかな、外国の方(笑)飾るだけ? 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

takaminefujiko どこの国でも母親は大変なんだなぁ。アリソンさんの娘さんが将来自宅ウエディングをするなら渡辺さんの母心を知るでしょうけど。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite