旅は情報を欲望させる【後編】

「台湾人がみな親日家なわけではない」「インドのケーララ州は双子の出生率が高い」これらは東浩紀さんが、現地に身体を運ぶまでわからなかったこと。ネットでいくら情報が公開されていても、自らその情報を欲望するかどうかが肝心です。後編は、なぜネットでは重要な情報に出会えないのか、新しい検索ワードに出会うにはどうすればいいのかに迫ります。
広大なネット空間から無限の情報を引き出せる時代、私たちはどのように「うまく生きていく=検索をかける」べきなのか。縦横無尽に活躍を続ける評論家・東浩紀さんによる連載放談、第1回は星星峡(幻冬舎)2012年12月号掲載分です。 第6回から最新回までを更新している、【第2期】も併せてお楽しみください。

情報への欲望がない

 僕らは今、ネットで世界中の情報が検索できる、世界中の情報と繋がっていると思っているわけですが、どうでしょうか。実際には、現実の身体がどういう環境にあるかで、検索する言葉は変わる。情報の不足が解消されても、情報への欲望そのものがないとどうしようもない。ここが今回の話のキモです。

 今の日本の若い世代──いや、日本人全体を見て思うのは、情報への欲望が希薄になっているということ。ヤフーニュースを見て、ツイッターの検索トピックスを見て、みんな横並びで同じことばかり調べ続けている。最近、「ネットサーフィン」という言葉も聞かれなくなりました。サイトから別のサイトへ、というランダムな動きもなくなってきていると思います。

 僕が休暇で必ず海外に行くのは、日本語に囲まれている生活から脱出しないと休まらないからです。頭がリセットされない。日本国内にいるかぎり、九州に行っても北海道に行っても、一歩コンビニに入れば並んでる商品は同じ。書店に入っても、並んでる本は同じ。その環境自体が息苦しい。
 国境を越えると、言語も変わるし、商品名や看板を含めて自分を取り巻く記号環境全体ががらりと変わる。だから海外に行くと、同じようにネットをやっていても見るサイトが変わってくるんですよね。最初の一日、二日は日本の習慣でツイッターや朝日新聞を見てるんですけど、だんだんそういうもの全体がどうでも良くなっていく。そして日本では決して見ないようなサイトを訪れるようになっていく。自分の物理的な、身体の位置を変えることには、じつは情報摂取の点で大きな意味があるんです。

 というわけで、このインタビューシリーズのテーマはですね、「若者よ旅に出よ!」と。ただし自分探しをするのではなく、新たな検索ワードを探すための旅。そういう話をしていきたいと思っています。

 日本では、戦後の高度成長期が終わって昭和が終わって冷戦が終わって、もうこれ以上新しいことは何も起きない、みたいな気分が支配的です。「終わりなき日常」と言われる感覚ですね。驚くべきことに、3・11の震災が起きても、その気分は強固に残っている。「この世界はどこもかしこも同じで、新しいことなんかない」。そういう空気が若い世代に支配的なのは本当に良くない。国を衰退させるし、それ以前に事実として間違っている。


この世界はどこもかしこも同じか

 事実として間違っているとはどういうことか。たとえば、名前は聞いたことあるという人も多いと思うんですが、『ナショナルジオグラフィック』誌を購読すると、じつにいろいろなことが世界で起きていることがわかります。

 例えば最近の記事だと、チベット高原で取れる冬虫花草(漢方薬や薬膳料理に使われる特殊な菌類)の値段が今どんどん上がっていて、昔の五〇〇倍ぐらいになっているらしいんですね。成都の高級店だと、最高級の冬虫花草は1g当たりの値段が金より高くなっている。その結果どうなったかっていうと、チベット族の人たちが、そこら辺に自生している冬虫花草を摘むだけでベンツを乗りまわすような状況が出現している。しかしむろん、そんな乱獲を行えば冬虫花草自体が枯渇してくるので、彼らは今すごい危機感を覚えているらしい。

 あともうひとつ、ルーマニアのロマ(ジプシー)の記事も面白かったですね。ロマの人たちはもともとくず鉄を扱っていた。冷戦崩壊の後で資源が枯渇したあと、そんな彼らは急に金持ちになった。というわけで、ルーマニアの首都ブカレストの郊外に、ロマたちの豪邸がいっぱい建っているんです。そのグラビアが掲載されていたんですが、これがなかなか壮観なんですよ。まるでラブホテルのような、成金趣味丸出しのセンスの悪い豪邸。

 どちらもけっこうおもしろい話だと思うんです。チベットやルーマニアの田舎の人々が、資本主義に翻弄されて突然剥き出しのマネーを手に入れる。これはどちらも、グローバル化というか、資本主義が世界を覆ったことによって起きた変化です。いま世界にはこういうエピソードがたくさんある。「この世界はどこもかしこも同じで、新しいことなんかない」というのは正しくない。

 チベットやルーマニアの話なんか日本には関係ない、と思われましたか? もしそうだとしたら、それこそが日本人の気持ちがどんどん小さくなり、グローバル化に対応していない証拠です。そういえば先日「朝まで生テレビ」に出ましたけど、日本の外交問題がテーマだったものの、みな中国と韓国の話しかしないんですよね。中東の「ちゅ」の字も出ないし、ヨーロッパなんか一言も言及されない。そんな世界観でいいんですかね。


ツイートが隠蔽するもの

 日本の内向きな空気は気になります。政治や経済もそうだし、文化もそう。日本とは違う風景、違う環境に身を置くのは楽しいんだよと言っても、「やだ!」と言われちゃったらどうしようもない。「海外に行くくらいだったら、『魔法少女まどか☆マギカ』のDVDを買って家で見た方がいい!」みたいな感じ。

 まあ、それはそれで個人の趣味だからどうでもいいんですが、さすがにまずいと思うのは、今の日本が最高だと思ってる人が若い世代でも少なくないこと。だって、客観的に見てそうじゃない。年金は近い将来破綻するし、産業はどんどん崩壊しているし、震災も起き放射能の問題も起きて、政治はまったく機能していない。それでも日本は本当にいい国なのか。ましてや「最高」か?

 若い世代の論客を見渡してみても、今の自分たちの生活を肯定するために言葉を連ねているという印象があります。裏返せば、そういう自己肯定が必要なくらい貧しい国になってきたということでしょう。
 とくにネットは、そういった自己肯定、現状維持、横並びの空気を強化している。ツイッターに代表されるソーシャルネットワークは、基本的に無料だからお金のない若者がいっぱい集まって来る。そこでカリスマ化している有名人は、実のところ彼ら自身はお金持ちが多いんだけれども、そんな「お金のない若者」の人気を取らなければならない。結果、ある種の情報は自主的に隠すようになっている。例えば彼らは「牛丼食いました」とは書くけど、「どこどこのホテルでフランス料理のコースを食べました」なんてほとんど書かない。いまネットで人気を集めるためには、自分も庶民ですよってアピールしなければならないことを、みな知っているんです。だからネットに出てくる情報は、「俺もみんなと同じくらい貧しいよ、みんなと同じくらい忙しいよ」というフィクションばかり。現実の格差に気が付かない状態になってしまっている。


新たな検索ワードを探すには

 例えばツイッターで@kawango38をフォローしてみます。某社の某氏ですね。いや、だれでもいいのですが、要はいまIT経営者がいっぱいツイッターをやっているわけです。彼らのアカウントをフォローすると、自分も彼らに近づいてるような気がする。でも、それであなたは彼らの何を知ってるんだと。彼らがどれだけの資産を持ってて、どんな車に乗ってて、どんな生活をしてるのか、実は一ミリも知らないでしょうと。そういう本当にリアルな情報はツイッターにはだれもまったく書いていないんです。そのことを見失ってはいけませんね。

 一番典型的なのが、今刑務所に入ってしまっていますが、ホリエモン現象ですね。将来が不安なニートたちが、「ホリエモンも俺らと同じように年長世代に潰されている、ホリエモンなら俺のことわかってくれる」とカリスマ視している。しかし、そんなのわかってくれるわけないでしょう(笑)。ホリエモンとニートでは、なにもかも違いますよ。資産も、社会的影響力も、そして世界観や人生観もなにもかも違う。ホリエモンは、彼がやりたいことをやっているだけ。なぜそれをわからないのかなあ。

 僕は、3・11の震災の直後に、「震災でぼくたちはバラバラになってしまった」というエッセイを書きました(『思想地図β』vol.2)。震災により、日本という国の中にあるさまざまな格差が明らかになってしまったと。例えば金を持ってる人は外国に逃げられるけど、金を持ってない人は逃げられない、そういう歴然とした現実が露呈してしまったと。だから震災のあと、若い世代もいよいよ夢から醒めるのかと思っていたけれど、意外とそうなっていませんね。

思想地図β vol.2 震災以後
思想地図β vol.2 震災以後

 ネットには情報が溢れているということになっているけど、実はぜんぜんそんなことはない。むしろ重要な情報は見えない。なぜなら、ここで最初の話題に戻るのだけど、ネットでは自分が見たいと思っているものしか見ることができないからです。自分が見たくないものを検索する、いままでとは異なったタイプの情報への欲望を生み出す、それがいちばん難しいことだからです。

 その課題をどうクリアするか。これは非常に難しい問題です。ただ、ひとつの提案として考えたのは、旅に出掛けるのはどうだろう、と。具体的な身体の移動によって、それまでとはまったく違う検索ワードを見出すことができるようになるんじゃないか。僕はこの連載で、そのことを何度も繰り返ししゃべっていくことになるのかな、と思っています。

(構成:吉田大助)


統制されたネット時代をより良く生きるための挑発的人生論!

弱いつながり 検索ワードを探す旅
『弱いつながり 検索ワードを探す旅』

目次
0 はじめに—強いネットと弱いリアル
1 旅に出る 台湾/インド
2 観光客になる 福島
3 モノに触れる アウシュヴィッツ
4 欲望を作る チェルノブイリ
5 憐れみを感じる 韓国
6 コピーを怖れない バンコク
7 老いに抵抗する 東京
8 ボーナストラック 観光客の五つの心得
9 おわりに—旅とイメージ

ケイクス

この連載について

初回を読む
検索ワードをさがす旅【第1期】

東浩紀

検索すればあらゆることがわかる時代。日々たくさんの情報に埋もれているけれど、果たして本当に欲しい情報はなんなのか。その検索ワードはどこから思いついたのか。テーマはズバリ、「若者よ、スマホを持って旅へ出よ」。ただし、自分や目的を探すので...もっと読む

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コメント

fujinejima 旅に出れば欲望できる?極端なまでに旅しない自分。変わるべきか?いや、変わりたいのかな…。⇒「自分が見たくないものを検索する、いままでとは異なったタイプの情報への欲望を生み出す、それがいちばん難しいこと」 4年以上前 replyretweetfavorite

fujinejima 諦観することが大人であるということだ、と思ってきた気がする。自分への言い訳なのかもしれないな…⇒「「この世界はどこもかしこも同じで、新しいことなんかない」というのは正しくない。」第1回 4年以上前 replyretweetfavorite

sugawa "なぜネットでは重要な情報に出会えないのか、新しい検索ワードに出会うにはどうすればいいのか" / “第1回  4年以上前 replyretweetfavorite