旅は情報を欲望させる【前編】

「台湾人がみな親日家なわけではない」「インドのケーララ州は双子の出生率が高い」これらは東浩紀さんが、現地に身体を運ぶまでわからなかったこと。ネットでいくら情報が公開されていても、自らその情報を欲望するかどうかが肝心です。前編は、ネット全盛のこの時代、現地を訪れることで初めて、新しい情報が更新されたという皮肉なエピソードからはじまります。
広大なネット空間から無限の情報を引き出せる時代、私たちはどのように「うまく生きていく=検索をかける」べきなのか。縦横無尽に活躍を続ける評論家・東浩紀さんによる連載放談、第1回は星星峡(幻冬舎)2012年12月号掲載分です。
第6回から最新回までを更新している、【第2期】も併せてお楽しみください。

台湾人は日本が好きか

 先日、二泊三日で台湾に行って来ました。『動物化するポストモダン』の中国語版が刊行されることになり、向こうの出版社に招かれ講演会をしたり大学関係者と会ったりしました。そこで知ったのですが、日本だと「台湾の人は日本好きが多い」というのっぺりした話になっています。しかし、実態はそれほど単純ではなかったんですね。

 台湾には、台湾人(本省人)と外省人という区別があります。台湾人というのは、日本の植民地時代からずっと台湾に住んでいる人。外省人は、一九四五年に国民党の蒋介石と一緒に大陸から渡ってきた、新しい台湾住民です。この対立が戦後の台湾政治を規定している。そのことは知っていたんですが、今回台湾に行き初めて知ったのは、「日本のサブカルチャーが好きだ」と言っているのは、基本的には台湾人の子弟たちなんです。外省人はむしろ日本嫌いらしい。

 実際、今回、僕が会った日本語を話す人々は、みな外省人ではなく台湾人なんです。幼少期から、家族に日本語をしゃべる人がいて、家の中に日本語の歌謡曲が流れていて、自然と日本のポップカルチャーを好きになりましたと。つまりは、台湾では、日本に対する感性が家系と関係しているんですね。これ、別に僕が発見した話ではありません。台湾に住んだことのあるひとにとっては常識なんだろうし、ネットで調べてもすぐ出てくる話だと思います。でも僕自身にとっては、実際に自分が台湾に行ってみなければわからなかったし、知る機会もなかった。

 夏休みにはインドに行って来ました。妻と娘も一緒の、いわゆる家族旅行です。インドに特別の思い入れはなくて、僕は結構家族でいろんな国に行ってるんです。今年の春はカリブ海に行って、その前はスリランカ、カンボジア……。だけど、「インドに行った」と言うと、いまだに日本では特別な響きを持っているみたいで、聞くひとがちょっと前のめりになる。

 象徴的だと思うのは、「地球の歩き方」のインド編。「地球の歩き方」シリーズの記念すべき最初の刊行の一冊ですね。
 今回旅行に行くということで読んでみたら、未だにバックパッカー文化の香りが残っていて。ページをめくるといきなり、「インドに行くならホテルの予約はするな」とか書いてある。まず雑踏のなかに身を置いてみよう。インドの旅はそこから始まる……みたいな。けれど、四〇歳過ぎてインドのあのアナーキーな雑踏に身を置いてホテル探しなんてしたら、それこそ身体壊しますよ!(笑) 家族旅行の客なんて想像もしていないんでしょうね。

 話を戻しますね。さきほどと同じように「行ってみなければわからなかったし、知る機会もなかった」という話です。


現地でやっとわかった情報

 じつは僕、今回ビザを取り忘れたんです。家族の分も含めて。日本のパスポートは非常に強力で、だいたいどの国でも観光ならビザなしで大丈夫なんです。その状態で旅行するのに慣れていたので、航空券やホテルの予約は取ってたのに、ビザのことを完全に忘れていた。それで出発二日前にふと「インド ビザ」と検索をかけてみたら、絶対に必要と書いてある。続けて調べてみると、その時点ではもう大使館での取得は無理だということも分かりました。これはヤバい。
 絶望に打ちひしがれたわけですが、さらに調べると、どうもアライバルビザというものがあるらしいことがわかりました。デリーの空港に到着して、その場でビザをゲットという裏技みたいなものです。インドがアライバルビザを発給している国は一〇いくつかしかないんですが、なんと日本はそのなかに入っていた。「よっしゃ!」と、ガッツポーズですよ。

 ところが、日本語で「アライバルビザ」で検索するとほとんどヒット数がない。本当にやってんのか、と徐々に不安になります。旅行会社は基本的にアライバルビザを薦めておらず、数少ないヒットもバックパッカーの日記ばかり。アジア放浪系です。そしてそういう人のブログを読むと、おしなべてアライバルビザを取るのは非常に難しいと書いてある。空港で何時間も待たされ、必要書類を提出してもなぜか係員にはねのけられ、なんとか突破したのが翌朝午前五時……みたいな。七歳の娘も一緒に行くのにこれは厳しい。一〇時間のフライトのあと、夫婦で怯えながらビザ発給カウンターに向かいました。

 では現実はどうだったか。結果から言うと、一瞬で取れたんですよね。審査もゆるかった。ビザ発給カウンターはちょっと人気のないところにあるんですが、そこにおっちゃんとおばちゃんがいて、二人が渡航者の顔を見て、ビザを発給するか決めるみたいなノリなんです。そもそも机のうえにコンピューターがない。コンピューターがないってことは、旅行者の渡航歴の検索なんてしてないということです。パスポートナンバーをボールペンでノートに書き写したりしているだけ。

 うちは滞在中はオベロイに泊まる予定だったんです。オベロイというのはいわゆる五つ星ホテルのチェーンで、インドではタージに並ぶ高級チェーンです。というわけで、係員のおっちゃんに「オベロイに泊まる」と言ったら、「いいねっ!」みたいな感じで親指を突き出されて、「ビザは?」「問題ない!」と即答(笑)。インド大使館のホームページには、アライバルビザの発給には、帰りの航空券とホテルに宿泊する証明書が必要だと書いてあった。うちはもちろん三人分用意していったし、しかもバックパッカーの方のブログでは、必要書類を出しても取得が難しいとも書いてあった。ところがうちの場合、オベロイに泊まると言っただけでほとんど書類審査もパス、即時発給。要するに、金持ちは簡単に取れるけど、貧乏人は弾かれるって話なんですね。

 この経験からわかったことは、インドのアライバルビザは、小金持ちに見えるこぎれいな格好をして、「いいホテルに泊まる」と言えばかなり楽に取得できる。ヒゲがボーボーで、ヨレヨレのシャツで行くと難しい。僕の場合、家族と来てるというのもプラスに働いたんだと思います。
 こういう情報も、ネットには載っていない。ネットのレポートを書く人々のリアルな行動が、情報をフィルタリングしているからです。

「ケーララ」で検索する可能性があるか

 家族旅行は基本的に世界遺産めぐりです。デリー、アーグラー、ジャイプルと、世界遺産だらけの三都市を廻った。雑踏にまみれることもなく、自分探しもしない。バックパッカーが見たら、なんのためにインドに行ったのだと怒られそうな旅です。むろんリキシャーに乗って町をぐるっと回るぐらいはしましたが、うちの娘は、牛糞と汚水に塗れた道を本気で嫌がってました。子どもってそんなもんです。

 休暇旅行ですから、三日に一日はホテルのプールで子供を遊ばせながら、仕事もせずにだらっとしてました。そういうときはネット三昧になります。そういうわけで、インドについていろいろとサイトで調べていく中でぶち当たったのが、南部にあるケーララ州でした。

 このケーララ州っていうのは、日本ではあまり知られていないし僕自身もまったく知らない地名だったんですが、マラヤーラム語というのが公用語で、人口が三〇〇〇万人だったかな? 正確な数字は、ウィキペディアで調べて下さい(笑)。識字率が高く、乳幼児死亡率も低く、インドの中では先進的な地帯なんです。さらにはIT推進地帯でもあって、リチャード・ストールマンのアドバイスを聞き入れてフリーソフト化が進んでいる。アラビア海に面したビーチリゾートでもあって、観光業も強い。おまけに特記すべきは、ここは共産党(インド共産党マルクス主義派)政権がしばしば与党になるらしいんです。世界中でも、左翼政権の運営がこんなにうまくいっている地域は珍しいということで、注目を浴びている。

 さらに興味深いのが、ここの土地は海岸線付近に特殊な岩盤があるらしくて、自然放射線量が高いんですよ。日本の今で言うと、郡山とか福島と同じくらいの空間放射線量なんですね。高いところでは年間20mSvぐらい。放射線量が高いある地域だと双子の出生率が有意に高いそうです。IT、左翼政権、観光、放射能と、いろいろと興味をそそられる面白い州なんですね。いまぼくは「福島第一原発観光地化計画」なるものをやっているので、取材に行きたいくらいです。

 しかしここで問題なのは、今僕がしゃべったことは、じつはほとんど日本語で、インターネット上に当たり前にある情報だということです。でも僕は知らなかった。読者のみなさんも、多くは知らないと思います。ネットでいくら情報が公開されていても、それは意図的に探さなければ手に入らない。ケーララの情報に辿り着くためには、検索で「ケーララ」と入れなければいけない。そして僕がどうやってその単語に辿り着いたかといえば、それはインドに行ったからです。現実にインドに行かなければ、検索する機会はなかったでしょう。生涯調べることがなかった単語かもしれない。

 ネットで新しい情報に出会うためには、現実の身体の位置を変えなければならなかった、という皮肉なエピソードです。

(構成:吉田大助)


統制されたネット時代をより良く生きるための挑発的人生論!

弱いつながり 検索ワードを探す旅
『弱いつながり 検索ワードを探す旅』

目次
0 はじめに—強いネットと弱いリアル
1 旅に出る 台湾/インド
2 観光客になる 福島
3 モノに触れる アウシュヴィッツ
4 欲望を作る チェルノブイリ
5 憐れみを感じる 韓国
6 コピーを怖れない バンコク
7 老いに抵抗する 東京
8 ボーナストラック 観光客の五つの心得
9 おわりに—旅とイメージ

ケイクス

この連載について

検索ワードをさがす旅【第1期】

東浩紀

検索すればあらゆることがわかる時代。日々たくさんの情報に埋もれているけれど、果たして本当に欲しい情報はなんなのか。その検索ワードはどこから思いついたのか。テーマはズバリ、「若者よ、スマホを持って旅へ出よ」。ただし、自分や目的を探すので...もっと読む

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コメント

KtoN_ang @motonaga_masaki 先生、よければ(https://t.co/NYUO9unYaG)、このシリーズを書籍化に際して改稿したものらしいので 4年以上前 replyretweetfavorite

tomonr1984 猫町でこの話をしたかったんだよな 5年弱前 replyretweetfavorite

Tamamism1583 自分が欲しいと思う限られたものしか見えない世界で生きるのか、はみ出すのか。若者が情報を欲しないという恐ろしい事態が今そこかしこで起こっている。 https://t.co/HWTsGZ9qKo 約5年前 replyretweetfavorite