結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。
書籍化第一弾『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』が大好評発売中!ぜひ応援してくださいね!

なお、書籍化第二弾は2013年12月刊行の予定です。
また、2013年9月には講演集『数学ガールの誕生』が刊行されます。 「数学ガール」シリーズがどのようにして生まれたのか、 その秘密が明らかに。どうぞお楽しみに!
複雑な不等式
僕「じゃあ、ちょっと複雑な条件で試してみようか」
テトラ「ええっ!」
$x^2 < 4$ を考える
僕「こんな問題はどうかな。いいかい……」
次の不等式を満たす実数 $x$ の範囲を求めてください。
$$ x^2 < 4 $$
テトラ「先輩、複雑じゃないです……これは簡単ですよ! あたしにもすぐにわかります」
僕「うん」
テトラ「 $x^2 < 4$ は $x$ を $2$ 乗したときに $4$ 以下になるってことですよね」
僕「以下?」
テトラ「あちゃ! 違います。未満です。未満未満未満未満。改めて……はい、 $x^2 < 4$ は、 $x$ を $2$ 乗したときに $4$ 未満になるってことですよね」
僕「そうだね。 $x^2$ が $4$ より小さくなるということ」
テトラ「だとすると、 $x$ はそんなに大きくなれません。 $2$ 乗したときに $4$ ……になってはいけないんですから、 $x$ は $2$ より小さくなくては困ります」
僕「うん、そうだね」
テトラ「それから、マイナスの方も考えます。 $x^2$ が $4$ より小さいということは、 $x$ はマイナスの方にも、それほど小さくなれません。すごく小さいマイナスだと、 $2$ 乗したときにすごく大きくなってしまうからです。 $2$ 乗したときに $4$ ……になってはいけないんですから、 $x$ は $-2$ よりは大きくないと困ります」
僕「テトラちゃんは、とてもていねいに考えるね。いいよ」
テトラ「ですから、 $x^2 < 4$ を満たす実数 $x$ の範囲を考えますと、《 $x$ は $2$ よりも小さくて、しかも、 $x$ は $-2$ よりは大きい》ということになります。ですから、答えは $-2 < x < 2$ ですね」
不等式 $x^2 < 4$ を満たす実数 $x$ の範囲は、 $$ -2 < x < 2 $$ になります。
僕「はい。たいへんよくできました!」
テトラ「……」
僕「どうしたの?」
テトラ「い、いえ……高校生になっても《たいへんよくできました》と言われるのはうれしいなあ……と思いまして」
僕「じゃ、次の問題」
テトラ「はい!」
$x^2 > 4$ を考える
次の不等式を満たす実数 $x$ の範囲を求めてください。
$$ x^2 > 4 $$
僕「この不等式の問題はわかるかな?」
テトラ「大丈夫です! 先ほどと同じように考えればいいですよね」
僕「まあそうだね」
テトラ「 $x^2 > 4$ ですから、 $x$ を $2$ 乗したときに $4$ より大きくなる必要があります。たとえばプラスの方で考えると、 $2$ 乗したときに $4$ より大きくなるにはあまり小さくてはだめです。 $4$ が $2^2$ に等しいことを考えると、 $x^2$ が $4$ より大きくなるには $x$ は $2$ より大きくなければなりません」
僕「そうだね。 $x$ が $2$ より大きければ $x^2$ は $4$ より大きくなる」
テトラ「 $x$ が $0$ のときは $x^2$ は $4$ より大きくなれません。マイナスの方で考えますと、 $2$ 乗したときに $4$ より大きくなるには、 $x$ はかなり小さくなければなりません。 $4$ は $(-2)^2$ に等しいですから、 $x^2$ が $4$ より大きくなるためには $x$ は $-2$ より小さくなければなりません」
僕「そうだね。 $x$ が $-2$ より小さければ $x^2$ は $4$ より大きくなる」
テトラ「ですから、 $x^2 > 4$ を満たす実数 $x$ の範囲を考えますと、答えは《 $x < -2$ と $x > 2$ 》ですね」
僕「それでいいんだけど、いまテトラちゃんは $x < -2$ 《と》 $x > 2$ って言ったよね。その《と》はどういう意味?」
テトラ「え……《と》というのは、あの……二つの範囲がありますので、両方合わせたのが答えなので《と》です」
僕「そうだね。僕が尋ねたのは、その《と》は《または》なのか《かつ》なのかを知りたかったんだけど」
テトラ「……《または》?」
僕「うん、そうだよ。 $x^2 > 4$ を満たす $x$ の範囲は、《 $x < -2$ または $x > 2$ 》になるね。この場合は《かつ》にしてはだめ。だって、 $x < -2$ かつ $x > 2$ を満たす実数 $x$ は存在しないから。 $x$ は $-2$ より小さくてもいいし、 $2$ より大きくてもいい。だから《 $x < -2$ または $x > 2$ 》が答えになる」
不等式 $x^2 > 4$ を満たす実数 $x$ の範囲は、 $$ x < -2 \quad\text{または}\quad x > 2 $$ になります。
テトラ「先輩!」
テトラちゃんが質問の手を挙げた。
僕「はい、テトラさん何ですか?」
僕は先生風にテトラちゃんを指さす。
テトラ「いまのようなとき、あたしは $x < -2, x > 2$ のようにコンマを使って書くことがありますが、これではまちがいでしょうか?」
僕「え? 僕は採点者じゃないから何ともいえないけど、 $x < -2, x > 2$ がまちがいとはいえないと思うよ。 でも《 $x < -2$ または $x > 2$ 》がまちがいとなることは絶対にないよ」
テトラ「わかりました」
実数の場合分け
僕「ところでこの問題 $x^2 > 4$ はそれほど難しくないよね」
テトラ「そうですね。 $2$ 乗していますから、プラスとマイナスで分けて考えればまちがいませんし」
僕「うん。プラスとゼロとマイナス、ね」
テトラ「あ、はいはい、そうですそうです」
僕「さっきテトラちゃんがていねいに考え方を話していたときは、ちゃんとプラスとゼロとマイナスに分けて考えていたよ」
テトラ「えっ! そうでしたか」
僕「意識してそう言ってたと思ったんだけど……ところで、この $x^2 > 4$ は難しくはないけど、いい問題だと思う。なぜかというと《実数の場合分け》が出てきているからね」
テトラ「実数の場合分けって何ですか?」
僕「いま言ったばかりのことだよ。実数について考えるとき、僕たちは数直線(すうちょくせん)をイメージする」
テトラ「はい、水平に無限に伸びた直線ですね。左がマイナス、真ん中にゼロ、右がプラス」
僕「そうそう。実数について考えるとき、その三つの場合について考えれば《もれなく》考えることができる。それが大事なこと。もれがない」
テトラ「もれがない……」
僕「どんな実数を持ってきても、その実数はマイナスであるか、ゼロであるか、プラスであるかのどれかだよね」
テトラ「それはそうですね」
僕「それが《もれなく》という意味」
テトラ「はい」
僕「場合分けでは《もれなく》考えることが大事。マイナスの場合、ゼロの場合、プラスの場合と考えれば《自分は実数全体についてもれなく考えた》と安心できる」
テトラ「はい、よくわかります」
僕「ところで、もう一つ、別の方法もあるよ。僕はこっちも好きだな」
テトラ「どんな方法ですか」
僕「論理を使って考える方法」
論理を使って考える
テトラ「どんなふうに考えるんでしょうか」
僕「これは僕の趣味なんだけどね。最初は $4$ を移項する」
$$ x^2 > 4 \Longleftrightarrow x^2 - 4 > 0 $$
テトラ「ははあ、 $x^2 - 4 > 0$ になりました。」
僕「うん、そしてその左辺を因数分解するんだ。 $x^2 - 4 = (x+2)(x-2)$ だよね。《和と差の積は $2$ 乗の差》だ」
$$ x^2 - 4 > 0 \Longleftrightarrow (x+2)(x-2) > 0 $$
テトラ「……複雑になりました」
僕「そんなことはないよ。 $(x+2)(x-2) > 0$ の左辺は積の形。二つの実数 $x+2$ と $x-2$ の積が $0$ より大きくなっている。 つまりプラスだね。実数の積がプラスになるってことは、 二つの実数の符号が等しいということだ。両方ともプラスか、または、両方ともマイナス。つまりこんなふうに書ける」
$$ \underbrace{(x+2 > 0 \quad\text{かつ}\quad x-2 > 0)}_{\text{両方ともプラス}} \quad\text{または}\quad \underbrace{(x+2 < 0 \quad\text{かつ}\quad x-2 < 0)}_{\text{両方ともマイナス}} $$
テトラ「ははあ……確かにそうですね」
僕「両方ともプラスの《 $x + 2 > 0$ かつ $x - 2 > 0$ 》は、数の範囲の重なりを考えて $x - 2 > 0$ になる」
テトラ「……」
僕「そして、《 $x + 2 < 0$ かつ $x - 2 < 0$ 》の方も数の範囲の重なりを考えて $x + 2 < 0$ になる」
テトラ「あとは《または》でつなぐんですか」
僕「そうそう」
$$ \begin{align*} & x^2 > 4 \\ & \Longleftrightarrow x^2 - 4 > 0 \\ & \Longleftrightarrow (x+2)(x-2) > 0 \\ & \Longleftrightarrow (x+2 > 0 \quad\text{かつ}\quad x-2 > 0) \quad\text{または}\quad (x+2 < 0 \quad\text{かつ}\quad x-2 < 0) \\ & \Longleftrightarrow (x-2 > 0) \quad\text{または}\quad (x+2 < 0) \\ & \Longleftrightarrow x > 2 \quad\text{または}\quad x < -2 \\ \end{align*} $$
テトラ「……先輩、でも、すみませんけど、やっぱり、これ、複雑ですよ」
僕「……実は、僕もテトラちゃんにいま説明しながら《これ、無駄に複雑だな》と思ったよ!」
テトラ「なんですか、それ!」
テトラちゃんは僕をぶつ真似をする。
僕「でも、式変形は楽しいよ」
ミルカ「確かに楽しそうだな」
テトラ「ミルカさん! お待ちしてました」
僕「いつも突然現れるから、びっくりするよ」
ミルカ「ふうん……困る?」
僕「……いや、別に、いいんだけどね」
ミルカさんは僕のクラスメート。 長い黒髪の饒舌才媛だ。僕たち三人は放課後の図書室で、いつも数学トークをする。
テトラ「ミルカさんなら $x^2 > 4$ をどう考えます?」
ミルカ「放物線で考える」
僕「なるほど」
放物線で考える
ミルカ「式 $x^2 > 4$ で $4$ を移項すると $x^2 - 4 > 0$ という不等式になる。ここで左辺の $2$ 次式を使って $2$ 次関数 $y = x^2 - 4$ のグラフを描く」
テトラ「それが放物線……」
ミルカ「《グラフが $x$ 軸よりも上にある》ことは、 $y > 0$ つまり《 $x^2 - 4 > 0$ 》ということと同値。つまり《このグラフが $x$ 軸よりも上にあるときの $x$ の範囲》が求めるものになる。 $x < -2$ または $2 < x$ だな」
僕「確かにこれなら一目でわかるね」
テトラ「放物線がガイドになってくれていますね」
ミルカ「ふむ」
テトラ「数学って不思議です」
ミルカ「そう?」
テトラ「不等式って、数が大きいとか小さいという話ですよね。それが論理の話になったり、集合の話になったり、図形の話になったりするのがとても不思議です」
僕「まあ確かにね」
テトラ「授業では単元ごとに習うのであまり意識してないんですが、先輩方とお話ししていると、いつもこう……つながっていく感じがします」
ミルカ「使えるものは何でも使うからな」
テトラ「といいますと?」
ミルカ「数学を考えるとき、使えるものは何でも使う。特に答えが見えていないときには、ありとあらゆる手を使って答えを探る」
僕「確かに」
テトラ「ありとあらゆる手を使って、答えを探る……」
領域を考える
テトラ「先ほどの不等式では、放物線がガイドになってるような感じがしました。こんなふうに範囲が見えます。 $y$ がマイナスになる範囲はここで、プラスになる範囲はここ……のように。 だからわかりやすいんでしょうか」
僕「そうかもしれないね。グラフにするとわかりやすくなる。広がりがあるからかなあ」
ミルカ「テトラが問題を作ってくれたようだ」
テトラ「えっ?」
ミルカ「テトラはいま二次元の領域を作ってくれた。それをもとにして新たな問題を考えよう。座標平面上で、テトラが塗った領域を表す不等式を作れ。境界は……そうだな、含むことにしようか」
僕「ああ、なるほど」
以下の領域を表す $x$ と $y$ に関する不等式を作れ。境界も含む。
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに11巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)