絶対さけろ!相手の議論スイッチを押す行動

MITやスタンフォード大学などのMBAの授業にも取り入れられている即興演劇論(インプロ)をベースに、『自分の居場所はどこにある?』を深掘りする連載 (不定期更新)

『居場所独自の常識』を理解する

人間関係を肯定的にとらえる上で、知っておくとラクなことがあります。それは、『居場所独自の常識』を理解するということです。人間が集団になって組織となると、必ず「ローカルカルチャー」が発生します。

たとえば、社風や校風もそれにあたります。また、趣味のサークルなど小さい人間関係の中にも独自の常識があるほか、国民性などもさらに大きな集団の常識です。ですから、何らかの人間関係の輪ができ上がっている集団の中に溶け込むためには、その集団の常識を理解しないと、そこに居場所を見つけることはできません。

私が暮らしていたアメリカ・テネシー州はバイブル・ベルト(聖書地帯)と呼ばれ、敬虔なクリスチャンが多く、私の大学時代のクラスメートにも大勢いました。

無宗教な人が多い分、日本人はわりとどの宗教に対しても寛容で、はなから拒否感を持つ人はそれほど多くありません。とはいえ、テネシー州の敬虔なクリスチャンが食事の前に手をつないで輪になって祈りを捧げる姿などを見て、カルチャーショックを受ける人も少なくなく、そのため、ある種の拒否反応を示す日本人もいました。

特に印象的だったのは、2004年に起きた「スマトラ沖地震」のときです。津波被災者支援のためにクリスチャンの人々が募金活動をしていた際、なぜ神がインド洋大津波を起こしたのかを考えるディスカッションへの参加者を同時に募っていました。それに対して、キリスト教に関心のない人に次の2つのリアクションが見られました。

まず、1つ目が強い拒否反応を示すグループ。津波はあくまで天災であり、神が引き起こしたものではないのでバカバカしいと文句を言う人たちです。もう1つは、「あなたたちクリスチャンは、そうやって考えるんだね」と、彼らの信仰や考えを受け入れた上で、「私は別の考えを持っているから、ディスカッションには参加しない」と断る人です。

後者の人たちは、「自分とは考えの異なる人もいる」と相手を受け入れて認めたことで、クリスチャンともうまく関係性を維持し、その後、無理に勧誘されることはありませんでした。考えは違っても、相手との人間関係の中に居場所を見つけたということです。

しかし、前者の人たちは「あなたたちは間違っている」と批判的に指摘するので、クリスチャンからも猛反論されます。そして、いかに自分たちが正しいかということをしつこく説得されることになるのです。拒否感を示して避けようとしていた人々が、逆に延々と議論せざるを得なくなるのです。

このように、特定の集団は外部の人間からすると「非常識」であることもあります。これが『居場所独自の常識』です。しかし、テネシー州に住む日本人は、その場に自分の居場所を見つける必要があります。それは自分も信仰の篤いクリスチャンになるということではありません。大切なことは、その居場所の常識を理解し、リスペクトするということ。相手の考えにあなた自身が染まる必要はないものの、よい人間関係を構築し、その中で居心地のよい居場所を見つけることも可能であるということです。

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自分の居場所はどこにある?

渡辺龍太

人は居場所が無いと、とにかくツラい。人によっては、ホストクラブに大金を貢いだり、犯罪に手を染めたり、あるいは、自殺する人もいる。その痛みを解消するために、参考になるのが『即興演劇論』だ。即興演劇の世界では、役者は台本も無いのに舞台に立...もっと読む

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