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胸、背中、足元の順に振りかけて保存食へとシフトしてゆく
姉が死んだ。
「死因は心肺停止」だと母は親類に説明したが、全ての生物の最終的な死亡理由は心肺停止なのだ。姉は潔癖症で死んだのだ。
わたしも高校卒業まで潔癖症だった。
姉と同様、潔癖症の母が掃除をし続けている家以外のトイレには入れなかった。
だから、早退、遅刻が多かった。けれど好きな人が出来た。その人とどうしても一緒にいたくなった。だから外での滞在時間を長くしなければならなくなった。それで水分をなるべくとらない生活をしていたら脱水症状で倒れた。それを知った好きだった人が心配してくれた。
それで、変わった。
水分をとって学校や駅のトイレを使うようになり、十八歳でやっと人間らしくなれた。
でも姉にそういう人は現れなかった。
他人に興味を持つ余裕が皆無だったのだ。
高校までのわたし同様、常にあとどれくらい膀胱がもつかしか頭になかったから。
「外にはバイ菌がたくさんいるから」
それが母と姉の合言葉だった。
父はわたしが中学生になった年に出ていった。当時は父を身勝手だと責めたが、その後家の窮屈さに気づいたわたしは、家庭が安らぎの場でなかったなら出ていくのは当然だと理解した。
父が出ていってから母と姉の潔癖症はエスカレートした。
大学生になったわたしが「人の顔って菌だらけなんだって」とテレビで見たことを告げると、二人は起きている時間の四分の一の時間を洗顔に費やすようになった。水道代が一般家庭のものではないほど高くなったが、二人の異常な執念は増すばかりだった。
二人は、病院の無菌室を理想としていた。
江戸時代に作られた梅干しが現存していてそれが今も食べられるとテレビ番組で知ってから、二人は外出するたび塩を自身に振りかけてから家に入った。
姉は大学三年の五月から不登校になり、死んだのは塩だらけのベッドの上だった。ちょうど魚の塩釜のごとく、姉は塩に埋もれていたのだ。姉の享年は二十三歳で、わたしはその時二十一歳だった。
お通夜で、母は姉の棺を塩で埋めた。火葬場でわたしは、(本当に塩釜だ)と笑い飛ばしたい気分だった。
火葬場の駐車場で、わたしは「お清め」と書かれた小袋をちぎる。
すると雪が降ってきた。
手のひらに受けて舐めると塩だ。
埋もれるまでここにいようと、わたしは塩雪を見上げる。
燃えるのが砂糖燃えないのが塩です二つが互いに消しあって雪