育児休暇をとる男性は3%に満たない

5歳年上の開業医と結婚しているサラリーマン・重松雄二。周囲は自分よりも年齢も収入も高い妻に対しての対抗心を煽ろうとするけれど、当の本人はいたって今の生活が快適で不満はない。でも、その生活がついに変わるときが……?
「産む性」として揺れ動く女性たちの心の葛藤と、その周囲人々のそれぞれの人生の選択を描いた8つの短編集『産む、産まない、産めない』より「次男坊の育児日記」を特別公開。
(カバーイラスト:近藤圭恵 / モノクロイラスト:オカダミカ)

 花見から三日後のことだった。

 会社からマンションに帰る途中、雄二は近所のTSUTAYAに立ち寄った。金曜の夜である。観たかった映画を週末にまとめて観ようと思った。雄二は昔の恋愛映画が好きだ。女の人が自然に女らしく存在している。男で恋愛映画が好きなんて変わってるね、そういっていた今日香さんだけれど、最近は雄二より熱中している。『ローマの休日』と『カサブランカ』を借りた。雄二は何度も観ているけれど、今日香さんが観たことがないというので選んだ。

 TSUTAYAを出て、隣のスーパーに入る。総菜コーナーには、駅前にあるイタリアン・レストランのものが並んでいる。若い夫婦が切り盛りする小さな店で、平凡ななかにもほっとさせる味わいがあった。ここのトマトソースのパスタは彼女の大好物だ。

 二人のあいだには、平日の夕食は相手をあてにしないこと、でも相手を思いやること、というルールがいつの間にかできあがった。総菜を買ったり簡単なものを作ったり、自分の食事を確保する際、ほんの少しだけ相手を思いやる。たとえ無駄になっても、思いやった事実は残る。エコロジー精神には反するけれど、立派な感情のエコなのだ。

 閉店間際のせいか、どれも三割引だった。雄二は、迷った挙げ句、トマトソースのパスタ、チーズのリゾットをそれぞれワンパックずつ買った。牛肉の煮込みか子牛のカツレツも欲しかったけれど、両方とも三割引でも二千円以上するのであきらめた。

 帰ってすぐには食べず、今日香さんを待った。昼が軽めだったから、かなり腹が減っている。待つのは二十分だけと決めた。お互いの生活のリズムを尊重したいと、結婚する時に、彼女はいった。雄二は他人に合わせることがそれほど苦ではない。したいようにさせてあげたかった。ビールを飲むと、空腹感が増した。

 まだ十七分しかたっていなかったけれど、空腹に負けた雄二がチーズリゾットのパックの蓋を開けた時、今日香さんが帰ってきた。手には、同じスーパーのビニール袋を下げている。チーズリゾットを見て、くすくす笑い出した。

「あれ、雄二もそこ行ったの? もしかして……」

 袋の中から数々の総菜が取り出された。トマトソースのパスタが二人前、魚介のサラダ、そして、牛肉の煮込みと子牛のカツレツ。やっぱりお医者さんはお金持ちだな、と雄二は思った。

 彼女は手際良く、料理を鍋や電子レンジで温めていった。皿に盛るのは、雄二も手伝った。食卓には、おだやかな幸せがあふれていた。手作りの料理じゃなくても、じゅうぶん愛情がこもっていると思う。

 レストランみたいにこんもりとパスタを盛りつけながら、今日香さんがいった。

「ねえ、雄二、びっくりしないでよ。ついに、できたわよ、私たち」

「ん? できたって、何が?」

「赤ちゃん」

「えっ」

「私たちの赤ちゃんができたの」

「ほんとに?」

「ほんとよ!」

 まだ実感がわかない。

 頭の中で、今の会話を何度も繰り返してみる。私たちの赤ちゃん、と今日香さんはいった。時間をかけて、じわじわと心に嬉しさが染み込んでいく。雄二は彼女を抱き寄せた。

「やっぱりすごいよ、今日香さん」

「何いってるの、私がすごいんじゃない。私たちがすごいのよ」

 少し涙声だった。

 僕と彼女の分身が、この世にやってくるのだ、そう思うと身体の奥にエネルギーがわいた。いったい、どんな顔をしてやってくるのだろう。誕生日でも結婚記念日でもないけれど、今日は人生の節目の日だ。人生という言葉が急に身近なものに感じられた。

 まだ会ってもいない我が子について語り合い、なかなか食事がすすまなかった。女の子だったら、今日香さんに似ているといい。きっと美人になる。でも、そうしたら、モテて誘惑が多いかもしれない……、そんなことを口にしたら、いくらなんでも、パパったら気がはやすぎよ、と笑いとばされた。パパという言葉が、心地よく耳に響く。

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甘糟りり子

妊娠、出産、育児、家事……全くもって女性の人生は大変だ。女であるというだけで「あたりまえ」にできることが要求されるのだから。そして仕事をしたければ、その「あたりまえ」でさえ手放さなければならない。女性は、果たして「産む」だけの機械なの...もっと読む

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コメント

Instagram_miii コレに出てくる〝石倉〟みたいなのが、日本の会社の役付きの男性のほとんどを占めてるから、休みにくく出産率も上がらないんだと思うよ。 3ヶ月前 replyretweetfavorite