5自信喪失する男たち
「カッコ悪い」男の不安
こうしたファロス中心主義に対する思想界からの批判は、夙に知られているが、他方で二〇世紀になると、粗雑な男女二形説ではなく、ホルモンや遺伝子の発見によって、性にまつわる科学が一変した。
「男らしさ」の根拠は勃起と精液ではなく、今やホルモンであり、男性ホルモンこそが「男らしさ」そのものとされるが、男性にも女性ホルモンが存在すると判明し、混乱が生じる。更に遺伝学によって染色体の違いが突き止められるが、「遺伝子の概念はホルモンの概念よりも抽象的だったので(ホルモン概念は体液に関する古い伝統のなかに反響を見出した)、ホルモンの場合のように学術的な教養から通俗的な表象へ拡散していくことはなかった」。
また精神分析学の登場は、性的不能を偶発的な「しくじり」や性習慣に起因するものではなく、過去のトラウマ的体験と結びつけ、心因性のものとすることによって、主体の「男らしさ」に本質的なダメージを与えることとなる。
更に、一九四八年に一万二千人もの男性に行った性の実態調査(『人間男性における性行動』、所謂「キンゼイ・レポート」)によって、マスターベーションがありふれたことで、特段、健康上の問題を引き起こさないこと、過度の性欲も不能を引き起こさないことなどが白日の下に数値化され、六六年に医師のウィリアム・マスターズと心理学者のヴァージニア・ジョンソンが、今度は男女両方に調査を行って『人間の性反応』を刊行すると、性科学の焦点は「オーガズム」へと移行した。
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