産めないかもしれない」という思いを溶かした彼からの言葉

母になること、家庭を持つことに葛藤を抱えていたライター/編集者の徳瑠里香さんが、奇跡的な妊娠をきっかけに、母子の関係、そして、さまざまな境遇の女性たちへの取材をはじめました。その中で考えた、家族についてまとめたルポルタージュ、エッセイ『それでも、母になる』(ポプラ社)をcakesで特別連載。第一回は「夫」について。

 生まれつき生理と排卵がない私が自分の疾患を受け入れることができたのは、私の身体の事情、その「違い」を当たり前のように受け止めてくれた夫の存在が大きい。

産めないかもしれない

 中学生の頃、生理を理由にプールを休む女子がいたり、なぜかやたら友だちと連れ立ってトイレに行ったり、初潮が来たとか生理痛がつらいとか話題に上ることがよくあった。当時は、ほかの女子たちと自分の「違い」に胸がきゅーっとなることもあった。

 高校生になって診断を受けた時は自分の疾患にあまりピンときていなかったけれど、美菜子*が妊娠・出産したことで、「産む性」であることを意識するようになった。
* 中学高校の同級生。書籍参照。

 私はいつか子どもが産めるのだろうか。母になれるのだろうか。

 生理を起こすために産婦人科に通い、新しい命の誕生を待ちわびている妊婦さんが多いその場所で、少し居心地の悪さを感じながら、そんなことを思うようになっていた。

 大学で上京してからは、生理を起こすために「低用量ピル」を飲み始めた。はじめは吐き気やめまいなどの副作用にも襲われたけれど、次第になくなり、ホルモンが調整されるため、生理周期も整い(ぴったり28日)、生理痛も特になく、飲む期間を調整することで旅行などに合わせて生理をずらすこともできた。生活習慣が乱れ、ピルを飲む時間が大幅にずれたり飲み忘れたりした時は、ホルモンバランスが崩れ、気持ち悪くなったりすることもあったけれど。

 大学時代は、サークルに入って、バイトをしてバックパックを背負って旅に出て、人並みに恋愛もした。就職活動を前に、編集や文章を書くことを通して伝える仕事に興味を持ち、編集ライター養成講座にも通った。そこで当時、課題のテーマに選んだのは「産む」こと。

 国分寺にある助産院に通い、お産の現場を目にし、助産師さんや妊婦さんたちの話を聞いて、記事をまとめた。その記事が最優秀賞に選ばれ、雑誌に掲載されたことをきっかけに、講師ジャーナリストの方に雑誌を紹介してもらい、ささやかな執筆活動を始めた。出産にまつわる映画の紹介文を書いたり、当時社会問題となっていた「妊婦のたらい回し」の背景にある過酷な周産期医療の現場を取材したり。

 振り返ると技術も知識も肩書もないまま、とても未熟な取材と執筆だったけれど、当時夢中になった経験が、編集者・ライターという今の仕事へ導いてくれた。

 大学卒業後、出版社に就職をしてからは、その当時の自分の関心事と、読者が求めるものとの接点を探りながら、書籍やWEBメディアにおいて、さまざまなテーマで企画・編集・執筆を行ってきた。

泥酔事件が紡いだ結婚

 そんな私にも27歳になる頃、結婚したいと思う人ができた。

 出会いはとある企業が企画したイベントの打ち上げ。1週間ほど昼夜問わず仕事に打ち込み、徹夜明けで参加した私。もともとその場を仕切る社長さんを取材したご縁で呼ばれたもので、ほかに知り合いが誰もおらず立ち尽くしていた時、仲間の分も含め両手いっぱいお酒を持っていた男性に手を貸し、その流れで彼の会社の同僚の輪のなかに入れてもらった。

 初対面なのになんだか居心地がよく、大きな仕事を終えた後だったこともあり、楽しくたくさん呑んだ、ことまでは覚えているのだが、その後私は酔っ払い爆睡し記憶を失くした。

 これだから徹夜明けのお酒はよくない。どうやら寝ていたソファから転げ落ちても起きることがなかった私。お開きになって真冬の寒空の下に放っておくこともできず、その輪のなかで相談した結果、お酒をあまり呑まず素面に近かった彼が家まで送り届けることになったらしい(住所は免許証で確認)。

 彼は泥酔かつ爆睡する私を無事に家まで送り届けひとりベッドに寝かせて帰宅。私は当時ルームシェアをしていて、外泊中だった後輩のベッドでぐっすり眠っていた。昼頃に目覚めて、どうやって帰ったのか、なぜ後輩のベッドで寝ているのか、なぜ頭にたんこぶができているのか、さっぱりわからず混乱した。

 その後、その時一緒に呑んでいた女性からのメッセージで事実を知る。ぎょえ! 初対面でやってしまった……。彼の連絡先を聞き、平謝りしたうえで感謝の気持ちを伝えた。

 その時お世話になった彼が後に私の夫となった人。後から聞けば、背中におぶわれた私は爆睡していたにもかかわらず肩越しに嘔吐もしたらしい。げげげげげ! 勘弁していただきたい(のは夫か)。

 お酒を呑むのは好きだけれど、普段吐いたり記憶を失くしたりするまで酩酊することは少なく(たぶん)、まさかこの失態が「結婚」という自分の人生の大きな選択につながるとは。

 そう、この泥酔爆睡事件のちょうど1年後、私たちは入籍をした。この時一緒に呑んでいた夫婦2組と彼と6人で食事に行き、ふたりで会うようになり、特に告白があったわけでもなく、気づけば毎日連絡を取り合い、一緒にいる時間が増えていった。

 私としては、"最悪"な姿を見せるところから関係性が始まったので、気が楽で、飾らない自分でいられることが心地よかった。冷静に考えて、初対面で肩越しに嘔吐した女と結婚するなんて、夫の寛大さに拍手したい。

「子どもが欲しくて結婚するわけじゃない」
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それでも、母になる

徳瑠里香

産まなければ母ではないのか、血がつながらなければ家族ではないのかーー。母になること、家庭を持つことに葛藤を抱えていた著者が、奇跡的な妊娠をきっかけに、母子の関係、そして、さまざまな境遇の女性たちを取材する中で考えた家族についてまとめた...もっと読む

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コメント

sasamichiaki |徳瑠里香 @rurika109 |それでも、母になる 実直な人にはその人の人生にぴったりくる人との出会いがあるんだなぁと思う。 https://t.co/YAZeu6EOUj 10日前 replyretweetfavorite

die_kuma 徳さんの連載スタート。インタビューと一緒に読んでほしいです。 12日前 replyretweetfavorite

rurika109 【cakes更新】自著より「私の事情を受け止めた人-夫-」を公開しています。 校閲の方から鉛筆で「このエピソード好きです」とコメントをもらったこちらの話。ご、ご笑覧ください…!#それでも母になる https://t.co/HWarBZTDNS 12日前 replyretweetfavorite