はじめに
どうして自分の居場所がないと感じているのか?
生きていれば、「居場所がない」。そう感じる瞬間は、誰にでもあるものです。「自分もそうだ!」と共感してくれる人は少なくないと思います。しかし、「居場所がない」というのは、完全に一人というような孤独で寂しい状態とは違います。
たとえば、田舎の誰もいない駅で雪が降る中、一人で分ほど電車を待っていれば強い孤独感を覚えるかもしれませんが、「居場所がない」とは感じないはずです。しかし、同じく雪の降る田舎の駅で2人の友人と電車を待っていて、その友人2人が突然大喧嘩を始めたとします。もし、あなたがどちらの味方もできない状態に陥れば、オロオロしてその場から立ち去りたくなるはずです。それが「居場所がない」ということです。
つまり、集団の中での自分の役割がわからず、とるべき行動が思いつかない状態に陥ったときに「居場所がない」ということが発生するのです。
さて、家庭や学校、職場など、さまざまなシチュエーションで居場所がないと感じることがあるはずです。また、一時的もしくは長期間にわたって「居場所がない」と感じることもあるでしょう。しかし、いずれのケースにおいても問題の根幹は同じです。
そこでまずは居場所がないと感じるときに、どういったことに原因があるかを考えてみましょう。状況や理由を、いくつか具体的に挙げてみます。
● イジメなどのトラウマがあり、人と接するのが苦手
● 話の嚙み合わない人しか周りにいない
● 周りの人が、自分のことにまったく関心を持っていない
● すでにでき上がっている人間関係の中に新しく入る
● 世代や性別が違うグループの中で孤立している
● 威圧感のあるリーダー格の人の顔色を気にしてしまう
● 体育会系集団など、周りの人たちの気質と合わない......etc.
これらの例のように「居場所のなさ」は心理学の範囲になりそうなものから、気合や体力など「体育会系ノリ」で解決できそうなものまであります。しかし、この問題を一番に解決してくれるものは、月並みながらコミュニケーション能力です。
何らかのトラウマがあったり、体育会系でない人でも、同じ職場(もしくは学校)で問題を抱えてしまう人と、そうではない人がいます。その違いは、コミュニケーション能力です。5章で詳しく説明しますが、居場所には数人の人間関係からなる「ミクロな居場所」と、社会的地位に相当する「マクロな居場所」があり、どちらの居場所を確保する上でも、必要不可欠なのはコミュニケーション能力です。
私がそう断言するのには、2つの理由があります。もともと私自身が居場所をつくることが得意ではない人間でしたが、インプロ(即興演技)と呼ばれるコミュニケーション術によって、居場所がないと感じることが大幅に減ったからです。そしてもう1つは、そのインプロの技術を教えている今、「居場所がない」と言ってい た人が自分の居場所を見つけて、楽しくイキイキし始めたという例を実際に多く見てきたからです。
ですから、居場所がないと感じている人には、ぜひこのインプロを通した「居場所を確保するためのコミュニケーション方法」を学ぶことで、自分の居場所がつくれるようになってほしいのです。
インプロは、即興コントがベースとなっており、自分の居場所をつくる能力を上げるための、かなり過激なトレーニングメニューもあります。
たとえば、誰か一人の居場所を完全に失うような演技を通して、仲間はずれにされた人が仲間に入る方法を学ぶエクササイズがあります(これは上級者向けです)。すると演技であり、虚構であるとわかっていても、仲間はずれにされたことでイライラし、本当に傷つくような感覚を得ます。まさに「居場所がない」経験です。
しかし、インプロで自分のコミュニケーション方法を変えてみると、相手の即興演技にも劇的な変化が出ます。演技とはいえ、こちらの出方によっては相手も私に居場所を与えざるを得なくなるためです。
かつてコミュニケーションで苦しんだ私が、今では多くの友人に恵まれています。そして今、放送作家の仕事をする中で、テレビ業界のかなり個性の強い人々と仕事をしていますが、彼らと対立することなく、むしろよい関係を構築して人脈を広げ、新たな仕事を開拓しています。これもインプロで培ったコミュニケーション能力のおかげであると自負しています。
現在では、放送作家の仕事を通して得た経験や知識を元に、自分の居場所づくりを助けてくれたインプロを日本人向けにカスタマイズし、ワークショップで教えています。その中で、最初は周りを警戒していた険しい顔つきの人が、世間的に見ても社交的といわれるような変化を遂げている姿をたくさん見てきたことは、講師冥利に尽きる、嬉しい瞬間です。
本書では私がインプロを学んだことで習得した、『居場所のつくり方』を惜しみなく公開します。日本の芸能界という、少し古い体質で特殊な人間関係の中でどのようにインプロを駆使して、自分自身の居場所を見つけてきたかという具体的な例も含めて、詳しく皆さんにお伝えしたいと思います。