「なんだ、高木さんか」
立っていたのは「佐賀藩一の怪力」と呼ばれた高木長左衛門だった。さすがの大隈も、二歳年上で体格も同等の高木を倒すのは苦労すると思った。
ところが高木は予想もしないことを言った。
「うるさいから怒鳴り込みに来たのだが、坂本文悦と聞いて立ち聞きさせてもらった」
「高木さんも、たちが悪いな」
「奴からいじめられた若いのが多くいる。いつかとっちめてやろうと思っていたが、ちょうどよい。助太刀いたそう」
大隈は一瞬同意しかけたが、考え直した。
「高木さんを護衛役に殴り込みを掛けたとあっては、男がすたる」
「では、一人で行くのか。それでは袋叩きに遭って負けるだけだぞ」
——高木さんの言うことにも一理ある。
顎に手を当てて少し考えた末、大隈は一計を案じた。
大隈の計画を聞いた高木は、「分かった」と言うや、「戦支度だ!」と喚き、寝ている者たちを起こし始めた。
大隈が北寮に乗り込むと、案の定、大半は寝静まっていた。すでに丑三つ時(午前三時頃)を回っているはずなので、さすがに勉強熱心な者たちも、翌日の課業を考えて眠っているのだ。
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