第7章ダンディズム|6爛熟の第三世代

文学者や芸術家たちに受け継がれたダンディズムは、完全に貴族の保守反動から解放され、むしろ、美と「カッコよさ」によって社会の俗悪さに抵抗する武器となったーー。平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは、「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日毎日更新)

6爛熟の第三世代


イギリス帝国の最盛期に

 第三世代は一九世紀後半、ヴィクトリア朝時代のロンドンに出現する。

 この時代は、イギリス帝国の最盛期であり、政治的に安定し、警察権力によって治安も維持されており、資本主義の目を瞠る発展によって、社会ダーウィニズムの原型的な競争社会が出現する。今日の日本の「自己責任論」のように、自助の精神が称揚された時代だった。

 大富豪のブルジョアがいる一方で、社会の最下層には貧困者が溢れていた。その悲惨さは、ディケンズの小説でもよく知られている通りである。初期には特に上下水道の未整備からコレラが流行するなど、衛生状態に問題があったが、貧困層ほどその危険により多く曝された。
ロンドンの人口過密は深刻であり、この時代に数多くの建物が建造されたが、「貧しい人々のための家はほとんど建てられていないし、それどころか、鉄道建設、道路改修、そして他の重要な公共施設の建設が続けて行なわれたために、貧しい人々を収容する設備がますます不足していった。」(8)

 富裕層は都心から脱出することが出来たが、貧困層は取り残された。「失業unemployment」という言葉が生まれたのもこの時代である。社会的腐敗や堕落にも事欠かなかったが、その矛盾を、ピューリタン的な禁欲主義が覆い隠していた。

 この時代に、第一世代と第二世代を引き継ぎ、独自に発展させたのが、オスカー・ワイルドを代表とする第三世代のダンディたちである。

ワイルドのファッションの変遷

 ワイルドというと、一般に『サロメ』や『ドリアン・グレイの肖像』の印象が強く、世紀末デカダンスを代表する唯美主義者であり、豊かな教養を誇りつつ、大衆の俗悪と愚劣を華麗な逆説で嘲弄し、健康や常識、禁欲、自然賛美、勤労、正直さといった、当時の社会の偽善を挑発し続けた人物と認識されている。無論、それも間違ってはいないのだが、他方で、童話『幸福な王子』や『わがままな大男』のように、ナイーヴすぎるほどにその社会の偽善に傷つき、憤り、弱者に対する慈しみの感情を露にする一面もあった。この挑発的なワイルドと心優しいワイルドとは、偽善という悪を巡って表裏を成している。

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カッコいい」とは何か

平野啓一郎

『マチネの終わりに』『ある男』を発表してきた平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日...もっと読む

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nnnnnnnnnnn 「なぜ富める者の食卓から零れ落ちるパン屑をありがたがらねばならぬのか? 彼らは食卓についているべきなのだ、そしてそのことを知りかけている。」 いい連載。 https://t.co/bfOzJ6B9TI 3ヶ月前 replyretweetfavorite