誰かの何かの役に立ちたい! それは障害者も健常者も一緒。

「なんでそうまでして働くの?」そんなふうに思っている健常者もまだまだ多いと思います。否定的な意味ではなく、単純な疑問としてそんな思いを抱いている人も多いでしょう。でも、考えてみていただきたいことがあります。「誰かの役に立ちたい」という気持ちは、誰にでもあるということを。
今回は、上司や同僚からのサポート、そして「お世話される存在」と思われがちな障害者が仕事を「託された」ときの気持ちを語ります。

「人間関係 仕事」とネットで検索すると、ものすごい量の情報が出てくる。職場の人間関係に悩むのは、私だけではないらしい。仕事の九割が人間関係の構築に費やしている。ならば辞職理由の九割が人間関係ということになる。

「一身上の都合により」の辞職届は、「職場の人間が嫌だから」「尊敬できる人がいないから」と書けない代用物である。でも、よく考えると、実はその嫌いな人は人生にそれほど深く関わっていない。加えて、尊敬できる人にはそんなに簡単に出会えるものではないことに気づく。

「嫌になったら考えればいい。とりあえず行っておいで」仏壇の夫に毎朝アイコンタクトされた七年。この、「とりあえず」で背中を押され、重い腰をあげる毎度の出勤は、同僚やヘルパーさんに支えられてのことだったと、改めて思う。私が働き生きることを応援してくれていたのは、接骨院の柔道整復師さん、鍼灸師さん、歯科医師さん、循環器のドクター、美容師さん、洋服屋さん、知人友人の手や言葉からも感じた。だから、私も歯をくいしばってきた。職場では不思議と力が湧いた。が、翌日の疲労感が年々ひどくなった。インフルエンザかと思うくらい全身が痛かったり、歯を食いしばっているせいで首や顎が痛くて口が開かなかったりする。

入職当時の休日は、近場の観光地にも出かけた。でも、ここ二年程の休日は、気晴らしにどこかに出かける余力もなく、ただただ体を休めるだけ。時おりヘルパーさんと電車で一駅のクラシック喫茶に入り、小さいデパートで夕方の半額弁当を買うことくらいだ。それに、私の販売部の仕事自体も年々減少傾向。「新しいものを造り続けんとな」と、直属の上司的な存在だったなかさんはよく言っていた。

人はどんなに苦しくても、自分の今のがんばりが未来の成長につながる、そう信じられるからこそ前に進めるのではないだろうか。少なくとも私はそうだ。信じて託してもらえることが必要なのだ。そんな私を後押ししてくれたなかさん。彼は休憩時間になるとパッと机を離れ、大きな声で「お昼やでー」と職場の空気を変える。帰り際には、「よっ、きばっとるな。根つめなやー。お先に」と声をかけた。が、実は、私が使っている納品プログラムを家に持ち帰り、思わぬふうに私の指が動いても、データが消えることなく、入力作業が進むように、人知れず改善に改善を重ねてくれていた。

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障害マストゴーオン!

福本千夏

脳性まひ者の福本千夏さん。 50歳にして就職して、さまざまな健常者と関わる中で、感じた溝を語ります。

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