威風堂々 幕末佐賀風雲録」プロローグ 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

「八太郎さんは、『葉隠』の『武士道というは、死ぬことと見つけたり』という一節を、とくに嫌っておりましたな」

「ああ、嫌っていた。死んでしまっては何も見つけられん。人は見つけた先にあるものを、生きて追い求めねばならん」

「その通りです。それでも八太郎さんは、薩長出身者以外で初の総理大臣となった。それでも何も見つけられなかったと言うのですか」

 大隈は笑みを浮かべて首を左右に振った。

「そんなものは、たいしたことではない」

「政治を国民の手に取り戻したことが、たいしたことではないと—」

「うむ。まだ道半ばだ」

 久米がため息をつく。

「八太郎さんは最後まで反骨を貫くんですな」

「ああ、そうだ。それ以外、わしには何の取り柄もないからな」

 大隈が真顔になる。

「そろそろ若い者に席を譲られたらどうですか」

「分かっている。この国の若者は強くて賢い。彼らが学べる学舎も築けた。そろそろ、わしもお役御免だ」

「どうせ私も、すぐに後を追い掛けることになります」

「そうだな。だが丈一郎はまだ元気そうだ。この国のために働ける限り働いてくれ」

 この時、いまだ久米は、早稲田大学で古代史や古文書学の教鞭を執っていた。

「分かりました。学びは死ぬまで終わりませんからね」

「ああ、人は死の瞬間まで学び続けねばならない」

 大隈が目を閉じる。

「疲れましたか」

「少しな」

「何が見えます」

「会所小路にあった旧宅だ」

 大隈の口元が緩む。

 その旧宅の離れの一室で、大隈や久米は、互いの情熱をぶつけ合っていた。それは、二度と戻らないからこそ貴重な若き日の思い出だった。

 大隈の脳裏に、口角泡を飛ばして議論を戦わせていた仲間たちの顔が浮かぶ。

「いろんな奴がいたな」

「はい。副島さん、江藤さん、島さん、大木さん、みんな鬼籍に入ってしまいましたな」

 大隈にとっても久米にとっても、あの一室こそが若き日の象徴だった。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切...もっと読む

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コメント

tuwamonoNo1 いや〜さわりだけだけど、これ絶対面白いな! 3ヶ月前 replyretweetfavorite

kumabouroMM https://t.co/Ir50WBd5nF (プロローグ2にして既に泣きながら読んでた人←) 3ヶ月前 replyretweetfavorite

yaesuyama ★連載好調!! いよいよ語られはじめる幕末佐賀風雲録が! #威風堂々 #伊東潤 #大隈重信 3ヶ月前 replyretweetfavorite

maito0405 「人は見つけた先にあるものを、生きて追い求めねばならん」名言です! 3ヶ月前 replyretweetfavorite