枡野浩一が岩崎夏海に興味を持った理由
丸山桜奈(以下、丸山) 本日はよろしくお願いいたします。お二人が会うのは今日が初めてなので、どんなお話が展開するのかとても楽しみです。枡野さんは、岩崎さんのブログをずっと前からご覧になっていたんですよね。
枡野浩一(以下、枡野) 僕が最初に岩崎さんを知ったのは2007年から2008年ごろですね。岩崎さんがはてなダイアリーでブログをやってらしたときでした。その中で、とても印象的だったのが、「僕の知人に東京芸大出身のすごく絵のうまい人がいて、でも絵が好きじゃなかったので、その道の仕事に就かなかった」という記事。
岩崎夏海(以下、岩崎) ああ、あれですね。
枡野 ほどなく読者から「それは、あなたのことですか?」と質問があって、岩崎さんが「そうです、僕のことです」って答えていらした。それを見て、すごくおもしろい人だなあって思ったんです。それから岩崎さんに興味を持ち始めました。『もしドラ』(『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』)を出された時も拝読しましたよ。とてもおもしろく読みました。
岩崎 そうでしたか、ありがとうございます。
枡野 自分も小説を書いているので、これはすごい小説だと思いました。僕の中で一番売れたのが『ショートソング』(集英社文庫)という小説なんですが、それは「どうしたらみんなが短歌に興味を持つか」ということを考えて書いた本だったんです。まず短歌ありきで一般の方から募集した短歌が手元にあったので、そこからストーリーを作っていった。
丸山 それは、ドラッカーの魅力を伝えるために書かれた『もしドラ』の成り立ちに近いものがありますよね。
枡野 そうなんです。だからこそ、『もしドラ』を読んで、自分には「こんなふうに書けない」と感動しました。もちろん小説としても、とても楽しく読みました。『もしドラ』については賛否両論だったと思うんですが、僕は「なんでこんなに否定的な読者の意見が目立ってしまうんだろう」と、ずっと思っていましたね。それがさらに岩崎さんへの興味を加速させました。
岩崎 なるほど。
枡野 それと同時に、はてなダイアリーの頃から、読者の反応に岩崎さんご自身が戸惑いを感じているようにも見えていて。僕自身も元々、不特定多数の人と共通の感覚があるとは思っていなくてあきらめているところがかなりあるので、シンパシーを感じました。
そんなふうに岩崎さんのことがずっと気になっていて、今回の場を設けていただいたんです。今日はそのあたりの秘密を伺いつつ、これからの自分の人生の参考にさせていただけたらな、という気持ちで来ました。
岩崎 そうなんですね、よろしくお願いします。
2人の共通点は「めんどくさい」こと
丸山 私はお二人と別々の時代に別々の場所で出会ったわけですけど、枡野さんから「岩崎さんにとても興味がある」と聞いたときに、納得したというか、「たしかに、似ているところがたくさんあるお二人だなぁ」と思ったんです。
岩崎 どんなところが似てると思ったの?
丸山 まず、「自分は天才だ」と公言しながら世間と戦っているところですね。それから、世の中の欺瞞に敏感に反応するところ。そのことに対して、圧倒的に怖れがないように見えるところも似ていますよね。世間から批判されればされるほど、自己肯定感が高まっていく感じ。それから、周りの人たちから「もんのすごく、めんどくさい」と思われているところ(笑)。
加藤貞顕(以下、加藤) 本当にたくさんあるんですね(笑)。
枡野 うんうん(笑)。
丸山 岩崎さんは、枡野さんのことはご存知でしたか?
岩崎 もちろんですよ。枡野さんが町山智浩さんに離婚について叱られている動画とか、『桐島、部活やめるってよ』の論評動画も拝見していました。枡野さんは以前、漫画誌でコラムを連載されていたと思うんですが、それも読んでました。
枡野 ありがとうございます。正確に思い出せないんですけど、コラムの連載ってだいぶ前のことですよね。
岩崎 だいぶ前です。上からで失礼なんですけど「なかなかこの人は日本語がうまい方だな」って、すごく思ってたんですよ。
枡野 そうでしたか、恐縮です。
岩崎 「日本語がうまい人」ってね、意外と少ないんですよ。僕は、短歌は評する立場にはないんですけれども、枡野さんの漫画誌の文章はとてもうまかったのを覚えています。
枡野 「自分は文章がうまい」と公言されている岩崎さんにほめていただけると、自信が持てますね。しかも、岩崎さんって、何でもかんでも「自分はすごい」といっているわけではなくて、「これはできないけど、これはできます」って言っているかただから、すごく説得力があります。
岩崎 そうそう、事実を言ってるだけ(笑)。僕は「知りえないことについては語らない」というスタンスなので。だから、短歌や詩について何かを語ったり知ったようなことを言ったことは一度もないんですよ。詩と音楽は密接に結びついていると思うんですけど、僕には才能がないですね。
枡野 僕は人から事実を言われるのがすごく好きなんですね。この間、ケイクスの記事 で、「『メルマガはこれからこういうふうに書いていきたい』みたいなことを書くと、読者が離れるみたいですね。ツイッターも、ツイッター活動自体についてウンヌンするとフォロワーが減るんですけど」って言ったら、岩崎さんが「枡野さんは方針を表明するとTwitterもメルマガも読者が減ると言ってるけど、それは表明する方針が読者をげんなりさせるからでは?」ってメンションを飛ばしてくださって、「ホントにそうだ!」って思って、僕はとても嬉しかったんです。
岩崎 ああ、そんなことがありましたね。
枡野 僕の場合、ネガティブなことであっても、当たっていることを言われるのは、うれしいんですね。でも、自分がそうだから人もそうだと思って、相手のネガティブなことを言い当てたりすると、とても嫌われてしまうんですよね……。
岩崎 ネガティブなことを言われるのが嫌いな人は多いですよ。やっぱりね、自分にウソをついてネガティブな部分をかくしたい人が多いから。
枡野 なるほど……それかぁ。
岩崎 これはウソをつく側だけの問題じゃないんです。ウソをつく側とつかれる側の間には、共犯関係が取り結ばれているわけ。
枡野 それだ! それです! 僕がイヤなのは。その共犯関係というか、お約束が嫌いなんですよ。岩崎さんもそうですよね。「自分は天才だ」と言わない、っていうお約束が世間にはあるわけで、だから普通は、「自分は天才」ってわざわざ言わないことにしておきますよね。波風たてるだけじゃないですか。
岩崎 ああ、僕にも「お約束はおもしろくないだろう」って気持ちがあります。
「自分は天才だ」と吹聴する理由
丸山 岩崎さんと同じ制作会社に所属していた1995年頃、岩崎さんは事務所で、スタッフ全員ひとりひとりに「俺は天才だから」って言って歩いていたんですよ。まだ何の作品も実績も残せていないのに。それでみんなイヤな顔をしていた(笑)。
加藤 それ、岩崎さんもかなり若手のときですよね?
丸山 ええ、27歳くらいでしたね。イヤな顔をして去っていくスタッフを見て、岩崎さんはいつも寂しそうな顔をしていましたけど。
一同 (笑)
加藤 丸山さんはどう思っていたんですか?
丸山 「不思議なことを言う人だなぁ……」とは思っていました。
枡野 丸山さんは、素直に受け止めていたんですね。
丸山 だって、もしかしたら本当に天才かもしれないですし(笑)。わざわざ、人に嫌われてまで「自分は天才なんだ」と言い続けているってことは、何かあるんじゃないかと思ったんです。
枡野 まるで、自分だけが知ってしまった事実を人に伝えるために一生懸命な人って感じですよね。
丸山 そうそう。「この人は、自分が天才であることを人に伝えることで、何をしたいんだろう」って思いましたね。それから、自分で自分を天才だと思える理由ですよね。そういうことをすごく知りたくなって、今でもおつきあいが続いているのは、その部分があるからだったりするんですよ。知り合ってもうすぐ20年ですけど、いまだにその答えはわからないんですけどね(笑)。
一同 (笑)
丸山 わからないけれども、それでも、岩崎さんが言うことは、当時からブレていないんです。その中で実際に、『もしドラ』が270万部売れるヒットを飛ばしたりして、「天才かもしれない」ような結果を出していたりする。私には、それを一生、観察し続けていきたいなぁという欲望がありますね。
今さらご本人に直接聞くのもなんですが、「自分は天才だ」と言い続けているのは、どうしてなんですか?
岩崎 それはね、嫌なヤツになりたくなかったから。
丸山 普通だと、「天才だ」って言っているほうが嫌なヤツですけど……。
岩崎 いやいや。結局、「自分は天才だ」ということに確信を持っているのに、それを隠していると、嫌なヤツになってしまうんですよ。だって、天才じゃない自分を演じきれないから、どこかで必ずボロが出るんです。もっと本質的に嫌われてしまう。「俺は天才だ、天才だ」って言ってるほうが、本質的には嫌われないんですよね。
加藤 ある程度までいくと、「しょうがないな」と受け入れてもらえるってことでしょうか。
岩崎 そう、受け入れられる。
枡野 うん、そうかもしれませんね。