めぞん一刻(高橋留美子)前編

『あたらしい「古典」を読む』、今回は80年代に「ビッグコミックスピリッツ」で連載されていた、高橋留美子作のマンガ『めぞん一刻』。なぜこの作品が、新しい「古典」なのか。この書評を読めば、きっとその理由が見えてきます。大ボリュームの3週連続更新の前編。まずはその『めぞん一刻』の世界を感じてください!

懐メロとしての『めぞん一刻』

 『めぞん一刻』(めぞんいっこく、小学館)は懐メロのように、たまに思い出されるものかもしれない。ネット掲示板で2012年の夏、「めぞん一刻の響子さんの発言で打順組んだ」というネタが少し話題になった。ネタの趣向では、ヒロイン・響子さんの強烈な発言を打順に見立てていた。意外に面白い。寄せられたコメントに「やばい読み返したくなってきた」というのがあるが、『めぞん一刻』を読み返したい気になる。打順を四番くらいまでざっと見ていこうか。

 いや。いきなりそのディープな世界に突入してしまうのもなんなので、まずこの物語を紹介しよう。

めぞん一刻 (1) (小学館文庫)
めぞん一刻 (1) (小学館文庫)

昭和55年(1980年)から7年続いた『めぞん一刻』

 『めぞん一刻』は、高橋留美子が昭和55年(1980年)創刊の青年向け漫画雑誌「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に昭和62年(1987)まで7年にもわたって連載した長編ラブコメディーの漫画である。全161話もあり、連載後、15巻本や10巻本などにまとめられた。

 ラブコメディーなので主人公は男女二人。男は、物語開始時点、一浪で19歳の五代裕作(ごだいゆうさく)。女は、五代が下宿している共同住宅「一刻館」の管理人・音無響子(おとなしきょうこ)である。21歳の美人だが未亡人でもある。

 一刻館は、「時計坂」という西武池袋線「清瀬」駅あたりをモデルにした町にある、大時計がシンボルの、戦前からのボロな共同住宅である。トイレも共用で風呂場もない。住人は公衆浴場を使っている。

 貧しい暮らしを補うせいか、住民間のコミュニケーションはうっとうしいほどに濃く、過剰な人間交流がコメディーのネタになっている。NHKの朝ドラ『ちゅらさん』(2001年)もこの設定を真似ていた。

 一刻館の住民は五代のほかに、一の瀬花枝(いちのせはなえ)を主婦とする親子3人家族、のぞきが趣味という謎の中年男・四谷(よつや)、スケスケの下着で館内を闊歩するスナック店員・六本木朱美(ろっぽんぎあけみ)がいる。五代を含め、名字に振られている数字が一刻館の部屋番号にも対応しており、空いていた2号室には物語中盤、大学生・二階堂望(にかいどうのぞみ)が加わる。

 ラブコメディーの定番として主人公には恋敵(ライバル)がいるものだが、この物語では双方にライバルが配置され微妙な関係を形成している。音無のキープには4つ年上の金持ちで好男子の三鷹瞬(みたかしゅん)、五代のキープには1つ年下で小柄の、あっけらかんとした、かわいい七尾こずえ(ななおこずえ)がいる。

 さらに物語後半、五代が高校で教育実習をしたときに彼に惚れた高校生・八神いぶき(やがみいぶき)、また音無のキープ三鷹には10歳年下の見合い相手のお嬢様・九条明日菜(くじょうあすな)が登場する。終わりなき日常といったダレぎみな中盤から、ぐっと運命が押し迫る後半への仕掛け的な登場人物で、物語終局に大きな動きを見せる。

 7年にもわたる長編なのでその他の登場人物も多い。音無家と五代家の親族も物語に深く関係してくる。重要なのは、五代の実家が飲食店を経営していたため子供時代の五代を預かっていた祖母・五代ゆかり(ごだいゆかり)の存在である。五代の知人・友人も出てくる。犬も重要な意味を持つ。なかでも音無響子の飼い犬・惣一郎(そういちろう)は亡き夫の名をもち、死者である音無惣一郎のシンボルとして活躍する。犬ではほかにサラダ(明日菜愛犬)とマッケンロー(三鷹愛犬)も終盤の展開にかかわる。

 主要人物の生年情報は物語に散見し、現代に読み返す上では重要な意味を持つだろう。五代が昭和36年生まれ、響子が昭和34年生まれである。響子からすると五代は2歳下の弟のようにも見える。

 朱美の生年は不明だが、響子より年上の設定で、察するに作者・高橋と同年で昭和32年だろう。私もこの年の生まれなので、この物語の時代のただ中にある。三鷹はさらにその2歳上の昭和30年だろう。作者・高橋を原点とした昭和30年代生まれのグラデーションがこの物語を歴史に刻み込んでいる。

 響子の前夫・音無惣一郎は昭和24年生まれ。響子とは10歳の差がある。こずえが昭和37年だが、後半登場人物の二階堂が昭和40年、八神が昭和42年、九条明日菜が昭和40年あたり。彼らが若いのは、長期連載による新参の若い読者を反映しているのかもしれない。

 物語は、一刻館に美人の響子が「管理人」としてやって来るところから始まる。19歳の童貞・五代は、年上の響子に一目惚れする。彼は高校時代にガールフレンドとキスした経験はあるものの他に女性経験がない。響子は、一刻館で暮らしながら五代の思いを察知してしだいに恋情で応える。が、双方にライバルがいる上、響子は未亡人として死者への思いを抱え、素直に恋愛感情を表現することができない。さらに主人公二人の思いを阻む多数の仕掛けで、複雑な恋愛の物語が7年も続く。ようやく二人が結ばれたのは、五代が26歳、響子が28歳のときである。

「打順」を手がかりに再読する

 『めぞん一刻』は終わってみればハッピーエンドの物語であるが、リアルタイムに読んでいた私は、自分自身もこの間二つの手厳しい恋愛を抱えつつ、二人はどうなるのかとハラハラの連続だった。そのせいもあって各シーンには鮮明な思い出が残り、いつか読み直そうと思いつつ、おいそれと再読はできなかった。

 四半世紀が経ち、数日かけて読んでみた。青春の思い出が洪水のように押し寄せる。あの時代を生きた人なら少なからずそうだろう。男性の読者なら心のどこかで音無響子に惚れてもいた。そこで、響子の強烈発言である。

 長い紹介になってしまったが、冒頭触れたように、この物語のヒロイン響子が残した名台詞で打順が組まれた。

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finalvent

「極東ブログ」で知られるブロガーのfinalventさん。時事問題や、料理のレシピなどジャンルを問わない様々な記事を書かれているが、その中でもとりわけ人気が高いのが書評記事。本連載は、時が経つにつれ読まれる機会が減っている近代以降の名...もっと読む

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