【後編】未来の設計図はもうできている

ビニール傘で翼をつくって空を飛ぼうとしたり、味覚以外の五感を使わないで生活しようとしたり、子供のころから発明家ぶりを発揮していた川田さん。常に時代の一歩先を志向している川田さんが予想する、今後の社会に訪れる未来とは? 世の中をわくわくさせる発明を発表しつづけている開発ユニット「AR三兄弟」長男・川田十夢さんのインタビューです。(聞き手:古賀史健

十夢という名前に課せられた使命

— では、ここから少し川田さんご自身のことを聞かせてください。子ども時代の川田さんって、どんなお子さんだったんですか?

川田 空想癖が強かったせいか、小学校に上がる前に、お医者さんから「サヴァン症候群の疑いがある」みたいなことを言われたらしいんですよね。健常者が通う小学校へは通学できないとまで言われました。それで母親が、「そんなはずはない!」と、超スパルタ式のスイミングスクールに入れたんです。こっちは水に顔をつけるのも怖いのに、首根っこを掴んで水の中に押し込めるような、いまどきありえないほどのスパルタ式スクールに。

— うわあ……。

川田 でも、結局そのスクールでいちばん早く泳げるようになって、うっかり自信をつけちゃって。

— それもまた極端な流れですね(笑)。

川田 ただ、自信がつきすぎたあまり「僕はなんでもできる」という全能感に支配されて、あるとき空を飛ぼうとしたんです。マンションの8階から。

— はいっ?

川田 ビニール傘を8本くらい組み合わせた翼をつけて、これがあればどこにでも飛んでいけると。それで、「さあ飛ぶぞ!」という瞬間に母親から抱き止められて、間一髪のタイミングで助かりました。もちろん当時は「なんで飛ばせてくれないんだ!」って怒ってましたけど。ちょうど5歳くらいのころですね。

— すごいエピソードだなあ。じゃあ、小学校に入ってからも変わったお子さんだったんですか?

川田 そうですね、小学生にもなると「十夢」という自分の名前を強烈に意識するようになりました。これは夏目漱石の『夢十夜』から付けられた名前なんですが、こんなおもしろい名前なんだから、もっとおもしろい人間にならなくちゃいけない、とヘンな使命感に燃えて(笑)。いろいろやりましたけど、いちばん思い出深くて、いまの自分にもつながっていると思うのは「味覚のみで生きる」という設定で生活したことですね。

— えーっと、どういうことでしょう?

川田 3年生くらいだったかな。目を覆い隠して、耳も聞こえないフリをして、言葉も知らない、世の中との接点は味覚のみ、という設定で暮らした時期があったんですよ。壁やガードレールをつたって登校して、友達が話しかけても聞こえないフリをして、というか言葉を知らない設定だったので無視して。それで土を舐めたり、チョークを舐めたりしながら「世界」を認知していく、という生活です。
 おかげで、僕には味覚と言語感覚が深く結びついているところがあって。作文の時間でも、普通なら「くやしい思いをした」と書くところを、「乾電池から流れ出る茶褐色の液体みたいな気分だった」みたいな表現を使ってしまうんですね。それで先生から「川田くんは天才だ!」と激賞されたり。

— いや、完全に天才ですよ、それは(笑)。

川田 ただ、世界をなんとなく五感の総体で理解しようとせず、視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚をバラバラに考える。それぞれのレイヤーで世界を理解しようとする。これって、いま僕のやっているARにつながる発想だと思うんですよ。

— うーん、たしかに。おもしろい原点ですね。

川田 たとえばロッククライマーの視点を手に入れれば、すべての高層ビルは「踏破すべき山」に映るでしょう。でも普通の人には「ただのビル」にしか見えない。ここにARを組み合わせることで、まったく新しい視点を手に入れることができると思うんです。あの「味覚生活」は、それを教えてくれた気がします。

AR三兄弟が向かう先とは?

— じゃあ、川田さんご自身の未来、またAR三兄弟の未来について聞かせてください。

川田 頭の中にはできあがっていますよ。たとえばスマートフォンの「次」にある姿なんかも、かなり明確に見えています。

— おお、それはぜひ聞いてみたいです。

川田 もともと人間は、歴史的になにかしらの「携帯するもの」を持っているんですよ。原始時代だったら槍や首飾りがそうだったのだろうし、水戸黄門の印籠なんかはまさにそれだし。それがたまたま、いまはスマートフォンになっている。
 いま「携帯」というと、みんな電話のことを思い浮かべますよね? でも30年前の人に「携帯」といったら、手帳やポケットティッシュを思い浮かべたかもしれない。そして間違いなく、「携帯」の意味するところが電話じゃなくなる日はやってくるはずです。

— なるほど。たしかに30年前の「携帯」は手帳かポケットティッシュでしょうね。

川田 それで、ごく近い将来の話をすると、いまのスマートフォンに必要なのは「奥行き」の概念なんですね。たとえば、本体を顔の近くに近づけると電話するのだろうし、顔から遠ざけると別のアプリを使うのだろうと推測できる。顔との距離に応じて、表示するアプリを変えていく。これが「奥行き」のいちばん簡単な例です。
 ところが、いまのスマートフォンには「奥行き」の概念がないから、何十・何百というアプリを自分でスワイプしながら選択しないといけない。そこに「奥行き」を与えて、スワイプする手間を省略するのは、非常にAR的なアプローチだと思います。もしも Apple が僕と同じ未来を見ているとしたら、先日発表された iOS7 はそのための準備段階だと思うし、iOS9 か10くらいでスマートフォンが完全な「次」の段階に移行するでしょう。

— おもしろい。スマートフォンを「奥行き」の視点で考えたことはありませんでした。ARそのものの未来像についてはいかがですか?

川田 個人的には、独立した新しいメディアとして、もっと進化させていきたいですね。いまはまだ、時代的にむずかしいところがあるので。

— それは技術的な問題でしょうか?

川田 もちろん技術もありますが、それ以上に時代的な「持ち時間」の問題が大きいと思っています。

— 時代的な「持ち時間」?

川田 メディアには、それぞれ固有の「持ち時間」があります。たとえば漫画の単行本だったら30分。本だったら3時間。アルバム1枚70分で、シングル1曲4分間。映画だったら2時間ですね。もしも5時間におよぶ超大作映画があったら、たとえどんなにすばらしい内容でも観客は疲れてしまうでしょう。

— たしかに。黒澤明監督の『白痴』が4時間半の映画だったのに、映画会社の意向で2時間半に短縮された逸話は有名ですね。

川田 でも、映画の原形となる「シネマトグラフ」を発明したリュミエール兄弟の時代は、どの映画も数十秒だったんです。それ以上は技術的にも難しく、観客の側もどう受け止めていいのかわからなかった。つまり、「長時間にわたって画面を鑑賞し続ける」という文化もなかったし、そこに物語を宿らせる技術もなかった。これが100年以上の時間を経て、撮影や編集の技術が上がり、観客の理解力も進化して、ようやく映画は「2時間」という持ち時間を獲得しました。
 いま、ARに取り組んでいる僕には、発明された当時の映画をつくっている感覚があります。つまり、AR三兄弟は現代のリュミエール兄弟であり、この感覚はまだ他の誰とも共有できていないと。

— シネマトグラフの当時は、観客が騒然としたらしいですね。機関車が走っていく映像を見て「あの機関車はどこから現れて、どこに消えたんだ?」と大騒ぎになったとか。

川田 そうなんです。僕はAR三兄弟の活動初期のころ、まさに雑誌の表紙から機関車が飛び出していくARをつくったことがあるのですが、あれはリュミエール兄弟に対するオマージュでした。当時僕らが提供できたARの持ち時間も、数十秒でしたので。
 それで現在、様々な試みのなかで、かろうじて20分間の持ち時間を獲得することに成功しています。僕らの「無人AR演劇」「拡張現実オーケストラ」「拡張現実ミュージカル」は、いずれも20分間です。これ以上の時間を獲得しようとすると、演劇や映画のフォーマットを借りるしかなく、それはもはや「AR演劇」ではなく「演劇AR」になってしまいます。

— 技術的にも、受け手の理解度にも「20分の壁」があるわけですね。

川田 この20分をもっと拡大して、世の中の人々が持て余している時間を、ARの時間に置き換えていきたいんです。つまらない時間を、おもしろい時間に変換していきたい。そのための設計図は、もうできています。

— 川田さんの考える未来に向かって、世界は進んでいる。

川田 ええ。だって、未来は(頭を指さして)「ここ」にあるわけですから。

— いや、ますます楽しみになってきました! どうもありがとうございます。

川田 こちらこそ、ありがとうございました。

 

(おわり)

川田さんが、編集者・佐渡島庸平さんと、未来の編集領域について語ります!

会社って何だろう? ベンチャーじゃないとできないこと
日時:2013年8月19日(月) 19:00~20:15(懇親会20:15~21:15)
会場:池袋コミュニティカレッジ(西武池袋本店別館8F/池袋駅南口より徒歩3分)
受講料:3,360円+588円(一般/懇親会なし 飲食付き懇親会あり+2,415円)
お申込みはこちらから!

コルク

この連載について

初回を読む
未来はすでにここにある—川田十夢インタビュー

川田十夢

AR(拡張現実)を自在に操り、「楽しい自販機」アプリから「拡張現実ミュージカル」まで、世の中をわくわくさせる発明を発表しつづけている開発ユニット「AR三兄弟」。その長男である川田十夢さんがcakesに再登場。「ARは現代のSFだ」と語...もっと読む

関連記事

関連キーワード