山に行くと「生きてさえいればいい」と思えるようになる理由

6月に『山小屋ガールの癒されない日々』を上梓した吉玉サキさんが山小屋スタッフからライターに転身したのは、同じく山小屋スタッフ経験のあるイラストレーター・鈴木みきさんの漫画に背中を押されたから。山小屋で人生が変わったというお二人に話を聞きました。前編はこちらから。

生きてさえいれば、それでいい

── 山が教えてくれたことってほかにありますか?

鈴木 全部自分が決めていることなんだって、山にいると強く感じます。自分のことは自分でやらなきゃいけないですからね。

吉玉 たしかに、自分の飲む水は自分で持っていかなきゃならないし。

鈴木 そうね、以前から人に頼るタイプでもないんですけど、より頼らなくなってきちゃったような気がする。山登りに限らず、独身だとなんでも自分でやらなきゃいけないので。あれ、山のせいじゃないのかも? まあ、おばさんはどんどん身勝手になっていくんです(笑)。

── 「山に行くと細かいことがどうでもよくなる」と言う人もいますが……。

鈴木 細かいことをやらないと命に関わってきますから。普段、街だったら気にしないこと── たとえば「寒いな」って思ってもそのままにしちゃうとか、あると思うんですけど、山では面倒でも上着を着たり。そういうことをやらないと、後々大変なので。

吉玉 私はそんなに登山しないんですけど、登山を始めてから、自分の体の感覚に敏感になりました。「今ちょっと食べておかないとこの後やばいぞ」とか。そういうのって街にいると鈍感になっちゃいますよね。

鈴木 コンビニで買えるからいいやってなりますよね。

吉玉 下山してすぐはまだ山モードなので、東京で友だちと会っていても、やたら「今のうちに水を買っておこう!」とか言っちゃうんですよね。東京ならどこでも買えるのに。街の友だちには「どんな環境で生活してたの」ってつっこまれます(笑)。

鈴木 北海道で去年、大きな地震があったじゃないですか。そのとき断水になったんですけど、水どうしようかなと思って、「あっ、川があったわ」って、ありったけの水筒をザックに入れて川に水を汲みに行ったんですね。そうしたらその後、すごく街の友人に驚かれました。もし家にいられなくなったらテント泊すればいいかってどっしりかまえていましたね。

吉玉 山にいると、大けがさえしなければいいかなって思うようになりますよね。

鈴木 そういう価値観は大きく変わったかもしれないですね。だって、お客さんが死んでしまうことも実際にあるからね。朝、「気をつけて行ってらっしゃい」と声をかけた人が、午後にはニュースになっていたりする。そういうところにいると、生きていれば山はいいんだなと思います。帰ることが目的だよね。

吉玉 そうですね。命さえあればなんとかなるなって思います。今も、金銭的に不安定だけどギリギリ食いつなげてるからまぁいっか、って。

鈴木 山小屋ってそんなにお給料のいい仕事じゃないから、お金がないのに慣れてるんだよね。

吉玉 はい。食べ物があって、寒さと雨風をしのげればいいかなって(笑)。そのくらい求めるハードルが下がりますね。

鈴木 テントがあるということは、家一式を持っているわけですからね。家も布団もザックに入ってる。だからたとえ家がなくなっても、お金がなくても、山道具があるからどうにかなるなという気がします。お腹がすいたら山に入ってなんでも天ぷらにしちゃえ~って(笑)。それを知っているのは強いなと思います。

── そういう強さを持っているのは格好いいですね……!

鈴木 格好いいと言われたこともないけど、もてなくはなるよね(笑)。頼りがいがある感じになっちゃう。女の子からはもてるけど。

── 山で過ごすと、自分にとって大切なものがわかりそうですね。

鈴木 普通に生きていたらお金も大事だし、仕事も大事、友だちも大事って思っているけど、最終的には自分が生きてることが大事なんだなって、すごく自信を持って言えますね。

吉玉 うんうん。山小屋に行く前と後で、その実感は違いますね。

鈴木 自分が生きていればいいっていうふうに気付くと、他人も生きていればそれでいいって思えるようになってくる。だから、結局みんな生きていればいい。生きていることがありがたいなと思いますね。


生きづらさを感じたら山小屋へ!

── 山小屋に行ったことのない方に、山小屋のどんな魅力をおすすめしたいですか?

鈴木 とくに働き盛りの人に山小屋に泊まってみてほしいですね。私が働いていたような山の中腹にある小屋なら行きやすいかもしれません。
都会って静かな夜がないでしょう。なにかしらの人工的な音が聞こえてくる。だから普段は夜が暗いとか静かとか忘れちゃってますよね。山小屋に泊まると、ああ、夜って静かだったんだなって気づくんですよね。そして、8時に寝かされるんだ、みたいな。

吉玉 たしかに、めっちゃ早いですよね。

鈴木 登山して、ご飯を食べて、8時とか9時に寝かされて……。そういうことを経験すると、これが人として正しいのかなって思ったりして。

吉玉 お客さんって、本当にご飯を食べるしかすることがないですもんね。食べる、寝る。これだけ。私もプライベートで山小屋に泊まると、「時間ってこんなにあるんだ」って思います。

鈴木 シンプルですよね。普段の生活が忙しすぎるんだなって気づきます。

吉玉 たしかに、私も今は東京で暮らしてるんですけど、なんだか忙しく感じます。私だけじゃなくて、周りの人も。

鈴木 やることが多くなっているのかな。今は情報が多すぎるから。

吉玉 はい。今は、仕事をしている人も子育てしている人も、みんなすごく忙しそうで。なんか、みんな生きづらいって言ってるじゃないですか。むしろ、生きづらいって言ってない人がいない、みたいな。私がそうだから、私の周りにそういう人が多いだけかもしれないけど。

鈴木 山に行けばいいのに!(笑)

吉玉 まぁ、山に行くって普通はハードル高いですし(笑)

鈴木 じゃあ散歩をしてみたらどうでしょうか。体と心って連携しているので、体が丈夫になれば気持ちも明るくなるし。歩くのはいつでも誰でも気軽にできるからすごくいいと思うんですよね。
どうしても難しい人もいるかもしれないけど、忙しいと言ったって、けっこうみんなスマートフォンを見てますよね。あの時間をまとめたら1時間ぐらいは散歩できると思います(笑)。

── たしかに、空いた時間にスマホをチェックしたりして、みんなあまりぼーっとしてないですね。

鈴木 山小屋の時間って公然と退屈でしょ。普段忙しくしてる人だと、「うわっ、なにしていいかわからない」ってなると思う。

吉玉 ぜひそれは忙しい人に味わってほしいですよね。私も東京にいるとつい、効率とか生産性とか気になってしまうから。

── とりあえず山小屋に行って暇を作って、ということですかね。

吉玉 私が言うのもなんですけど、いきなり働くのはハードルが高いので(笑)、まずお客さんとして行ってみてください。おすすめです。

鈴木 初めて行く人にとっては非日常空間だと思うんですが、それがいい刺激になる気もしますね。もしその日が混んでいたりして、他のお客さんに嫌な思いをしても、都会でする嫌な感じとは質がちょっと違う人生経験になるんじゃないかなと思います。
大人になるとついつい好きな人ばかりで周りを囲んじゃいますからね。そうじゃない価値観と遭遇すると、私の周りの人はみんないい人だなと改めて実感できますよ(笑)。そして、気に入ったら二度、三度と来てほしいです。それこそ、居場所みたいに使ってほしい。

吉玉 うんうん。

鈴木 もしまた下界で生きづらいなと思ったときに、「あ、また山小屋に行ってみようかな。あの静かな夜、よかったな」っていうアイデアのひとつになればいいなと思います。
お出かけください、みなさん、山小屋へ。

吉玉 気をつけてぜひ!

(司会・構成 岸本洋和〔平凡社〕)


仕事、暮らし、恋、人間関係、そして人生への向き合いかた…山小屋で10年働いたライターがつづる山の上での想定外の日常!


山小屋ガールの癒されない日々

ひとつでもお気に入りがあれば、人生はとても幸せ!


私の場合は、山でした!

この連載について

初回を読む
悩んだときは山小屋へ行け!── 私たちに山が教えてくれたこと

鈴木みき /吉玉サキ

「小屋ガール通信」連載完結記念! 連載を書籍化した著書『山小屋ガールの癒されない日々』(平凡社)を6月に上梓したライターの吉玉サキさん。山小屋で働いていた吉玉さんがライターに転身したのは、同じく山小屋スタッフ経験のあるイラストレーター...もっと読む

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コメント

1028ukulele とても共感出来ました。 https://t.co/iGpTlctE0B 27日前 replyretweetfavorite

KutoCat |悩んだときは山小屋へ行け!── 私たちに山が教えてくれたこと|鈴木みき/吉玉サキ|cakes(ケイクス) おお! https://t.co/C9e61empJW 28日前 replyretweetfavorite