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ことばでものを考える時は、語源までさかのぼれば、個と時を越えた道筋が見えます。ちょっと、やってみましょうか。
たとえば、今回この記事でご紹介するのは、「“普通”が楽で苦痛です」とおっしゃる方からのご投稿です。この「普通」ということば。日本語と英語での成り立ちは、それぞれこんな感じみたい。
「普通」←「あまねくかよふ」←「普遍的に通用、どこ行っても通じる」
「normal」←古代ギリシャ語「γνῶμα(しるし)」←ラテン語「norma(おきて、定規、法、原則、例)」
(参考:「言海」林平書店刊・第566版、Wiktionary/訳語は筆者による)
おもしろくない?
かたや「通用するかどうか」、かたや「そのように決められているかどうか」だってことでしょ。
じゃあ、「通用する」って、どこで?
「決められている」って、誰に?
……こうやってことばを探索していると、いつの間にか忘れてたりするのよ、自分が「普通」という概念に苦しめられていたということすら。
ことばで考えるにあたって、語源をたどる思索の旅は本当に面白い。
でも、語源をたどって考えればつかの間忘れられるけど根本解決はしなかったりする自分自身の苦しみをどうするかって考えたときに、わたし、思いついたのね。語源だけじゃなく、いわば「話源」をたどることじゃないか、って。
ってことで、これも、一緒にやってみましょう。まずはご投稿いただいた文章を紹介します。文中、出産・子育てを望む方が読むと否定されたように感じるかもしれない部分があります。けれどそれはあくまで、ご投稿者の方自身がご自分の人生の選択について考えていらっしゃる過程のことであり、他の誰かを否定するためだけに書かれたものではないのだということを、先に申し上げておきます。(このへんの話題でもう疲れている人は今は読まないほうがいいかもしれないです。)
では、ご紹介しますね。
牧村さんこんにちは。いつも折に触れてこの連載を読み、心を落ち着かせています。
私はバイセクシャルで今は男性と結婚を前提にお付き合いしています。過去にはビアンバー等で彼女を探したり女性の先輩に好意を抱いた事もあり、そうした経験も彼には包み隠さず話した上で付き合いが続いています。
正直にいえば、異性パートナーを選んで「楽になった、普通になった」と思う自分がいます。
彼女を探して右往左往している時はLGBTブーム真っ只中で、自分も堂々と生きなければ!と手当たり次第にカミングアウトしていたため、無駄に傷を負ってしまうこともありました。
彼はそうした苦い経験も理解したうえで付き合ってくれていて、人生のパートナーとしてとても落ち着く存在です。
しかし、最近まわりの友達が子供を持つようになり、ここにきて彼との性行為をとても苦痛に感じるようになりました。
私は身内との折り合いが悪いこともあり反出生寄りな考え方で、それで命を産むことを決断した人のことはとても偉いなあと感心しています。しかし、それを当たり前、尊重すべきと押し付けるような風潮を感じてしまいます。
子供はいつか大人になるもの。赤ちゃんが可愛いのは確かですがどうあがいたって別の人格であり、どうにもままならない存在を「可愛いから」「産むのが当たり前だから」とふわっとした理由で作り出すのがとても無責任に思えるのです。
しかし異性とお付き合いしている以上、この「普通」を乗り越えないといけないのだろうか??と負い目を感じてしまいます。
元々私は産まれるのを歓迎されずに生まれてしまった人間です。 彼のためにもシングルに戻るべきなのか、今葛藤をかかえながら日々をすごしています。
このようなふわっとしたご相談をしてしまい申し訳ありません。どこにも吐き出せず、牧村さんならどういった解釈をされるだろうかと投稿してみた次第です。
よくぞ生き抜いてこられました。ご投稿者の方は、“位置付ける”スキルが非常に高いと、この文章を拝読してまず思いました。
・私はバイセクシュアルで、女性を好きになった過去もあるが今は男性が好き。
・私はLGBT当事者として堂々と生きなければと思い、手当たり次第カミングアウトをした。
・私は生まれるのを歓迎されずに生まれた人間で、身内との折り合いが悪いこともあり反出生寄りな考え方をしている。
バイセクシュアル、LGBT、反出生主義。
そのようなことばの枠の中に、ご自身がどうあるかということを位置づけるのがうまいんですね。説明がうまい、というか。
うますぎるあまりに、多分、苦しいんじゃないかな。
だってたとえば、
単にこう言ってみたっていいはずでしょう。
・今、この人が好き〜。
・赤ちゃんは産みたくな〜い。
だけれどあなたはこうした望みを、はだかのままにはしておかない。「この人は苦い経験も理解した上で付き合ってくれて……」「友達は産んでるけど……」「彼のためにもシングルに戻るべきなのか……」とか、周りの人を見ながら上手に服を着せて社会的に通用する感じにしていく。お上手です。ほんとに高度に社会的でいらっしゃる。あまりにお上手すぎて、多分、人間むけに言語化してご投稿くださった上記の文章には本当の望みが表出していないのではないでしょうか。はだかの望みが。つるつるセキララすっぽんぽんの望みが。それをわたしに向けて言語化して欲しいとは言いませんが、わたしが言いたくなったのはこの一言です。
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