九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【はんぺん】

「夜、泣き過ぎると枕が逃げるって」
「ほんとだって。おばあちゃんが言ってた」
――電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!
※※※この連載が書籍化します。8月27日発売。九螺ささら『きえもの』※※※

 鮫の身を磨り潰して作る布団を海に沈めて睡眠葬を



 その話は過去にも一度聞いたことがあった。

 確か大学二年の、二十歳になった翌日だった。

「夜、泣き過ぎると枕が逃げるって」

 言ったのは同じラジオドラマ部のトーコだ。

 家で飼っていた愛犬がわたしの誕生日に死んだ。だからわたしは翌日、授業中も休み時間も泣いていた。

 わたしは、こんなに悲しい時にそんなふざけた言葉を言ってくるトーコを、非難する目できつく見た。

「ほんとだって。おばあちゃんが言ってた」

 責任転嫁してズルいなと思う。

 トーコとはそれからあまり話さなくなり、大学を卒業して四年、会っていない。


 会社の資料室のデスクで企画書を書いていて、六年ぶりに全く同じ話を聞いたのだ。

 デスクの後ろに本棚があり、その本棚の向こうの通路で二人の女性社員が話している。

「夜、泣き過ぎると枕が逃げるって」

 言われた相手はかつてのわたしのように言葉を失う。

「ほんとだって。おばあちゃんが言ってた」

 相手の沈黙に載せるように、六年前と同じことが言われる。

「泣くとナマハゲが来るよ」とか「おへそを出して寝ていると雷様に取られるよ」などの、子どものしつけのためのどこかの地域のファンタジーなのだろうと自分を納得させた。

 けれどその翌日、今度は会社がある駅の構内のドトールで同じやり取りを聞くと、これはわたしに対する何らかのメッセージに違いないと確信した。


 ペット用のGPS首輪を買い、枕の端を切ってから中に入れて縫い合わせ、わたしの二十歳の誕生日に亡くなったショーンのことを思い出す。そんなふうに利用したショーンには申し訳ないが、わたしは涙が止まらなくなる。

 泣き疲れて眠ってしまったが、目覚めると枕は消えていた。

 内蔵させたGPSの現在地検索をすると、隣り町の里山の麓にいる。

 会社帰りにその場所に行くと、そこははんぺん工場だった。

 しっとり濡れた枕たちが、工場の裏口に並んでいる。

 工場の中はAIのみで、人間はいない。

 はんぺん志願の白い枕たちが、列を乱さず待ち続けている。




 懺悔室の長き告白を漂白しはんぺんは無垢で四角い聖書



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九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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