第6章アトランティック・クロッシング!|5なぜイギリスだったのか?

スキッフルは、イギリス全土で爆発的な広がりを見せ、先ほど名前を列挙した一九四〇年代生まれのミュージシャンの多くが、十代の頃にはスキッフルのバンドで演奏していた。その代表例がビートルズの前身バンドである、クオリーメンであるーー。平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは、「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日毎日更新)

5 なぜイギリスだったのか?


スキッフルの流行

 戦中は、ジャズの中心地だったイギリスは、この時期、ようやくスウィングからトラッドへという出遅れた状況で、若者たちがむしろ夢中になったのは、「スキッフル」というジャンルだった。元々は、一九二〇年代にアメリカ南部で流行った音楽で、洗濯板や水差し(ジャグ)、ノコギリといった日用品を使って音を出し、ギターやバンジョーとともに即興的な演奏を行うところに特徴がある。

 それを、トラッド・ジャズ奏者だったロニー・ドネガンが、五〇年代のイギリスで復活させ、大ブームを巻き起こす。初期には洗濯板も使用されたが、やがてウッドベースとギター、ドラム、タンバリンだけとなり、彼自身が時折演奏するバンジョーを除けば、ロックン・ロールとほぼ同様のミニマルな楽器構成となった。

 曲調はと言うと、時期にもよるが、今聴くとロック風のものもあれば、ブルーグラス風のもの、フォーク風のものと様々で、シンプルなアレンジと軽快なメロディーが親しみやすい。

 重要なのは、そのスタイルが自由であったこと、そして、さほど高い演奏技術を必要としなかったことだった。更に、耳で聴いた音楽が、一体どうなっているのかと分析し、模倣することに、独特の面白さがあった。

 ボードレールは、『玩具のモラル』というエッセイの中で、子供はおもちゃを手にすると、「いのち」がどこにあるのかを知りたがって、「その玩具をさんざんひねくりまわし、引掻いたり、揺すぶったり、壁にぶつけたり、地面に叩きつけたり」(10)して、壊してしまうという話を書いているが、スキッフルを聴いて、どうなっているのかとギターでなぞり、ああでもない、こうでもないと分析し始めた若者には、これとよく似た楽しさがあっただろう。五〇年代末までに、イギリスには三万から五万(!)もの数のスキッフル・バンドが存在したという。時代的に、娯楽も限られていたのだろう。

 この興奮が、そのまま、ロックへと引き継がれることになる。


音楽への参入障壁の違い

 「カッコいい」にとって重要だったのは、その生理的興奮を自ら追体験する同化・模倣願望だったが、ジャズがスウィングからビバップに発展した時、多くの人にとって、それは、もう手の届かない音楽になってしまった。どれほどチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーに憧れても、彼らのように凄まじいスピードで、変幻自在に演奏するのは至難の業である。それは一種の〝神々の戯れ〟であって、大半の人間は、鳥肌を立たせて興奮しながらも、彼らの演奏が披露される小規模のクラブの観客として、ただぽかんと口を開けて聴いているより他はない。あるいは、ラジオやレコードプレーヤーの前で聴き入るだけである。

 ところが、ブルースやロックは、楽曲をなぞるだけなら簡単であり、しかも、スキッフルは、それをイギリス人なりにこなすヒントを与えてくれた。というのも、ブリティッシュ・ロックの創始者たちは、ほぼ全員、正式の音楽教育を受けておらず、最初は言わば、見様見真似の我流だったからである。

 しかし、そのお陰で、音楽への参入障壁はないに等しく、労働者階級に生まれて、音楽的にはまったく特別な教育を受ける機会に恵まれなかったが、恐るべき才能を持った若者たちが、幾らでもこの新しい音楽の世界に吸収されていった。これは、八〇年代以降、アメリカでヒップホップが流行する時にも同様に見られた現象である。

 逆に言えば、クラシックは幼少期の家庭環境という条件のために、この時期、優れた音楽的才能のスカウティングに失敗している可能性がある。

 勿論、ジャズに憧れた若者たちも、我流で真似するところから始め、この後も数々の優れたミュージシャンが生まれ、その人気は今日も続いているが、私が指摘したいのは、ロックと比較した時の規模と影響力の違いである。

 ジャズには、教育が必要になっていく。それは、今日、日本で活躍しているロック・ミュージシャンとジャズ・ミュージシャンの海外留学経験の比較だけを見ても、容易にわかることである。

 管楽器が主体で、延々と即興演奏を繰り広げるジャズの場合、ある程度、楽譜が読め、楽理に通じていないと、フィーリングだけではどうしても乗り越えられない壁がある。真似してみても、そう簡単には「カッコよく」ならない。

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カッコいい」とは何か

平野啓一郎

『マチネの終わりに』『ある男』を発表してきた平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日...もっと読む

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