第6章アトランティック・クロッシング!|1「カッコいい」の具体的な中身

では、実際のところ、それぞれの国に「カッコいい」に該当する概念なり、言葉なりはあるのだろうかーー。平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは、「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日毎日更新)


1 「カッコいい」の具体的な中身


世界各国に「カッコいい」はあるか?

 さて、「カッコいい」というのは、言うまでもなく日本語だが、これまで私はやや先走って、モードや音楽など、海外に於ける「カッコいい」対象に言及してきた。

「カッコいい」という言葉の日本での流行が、一九六〇年代以降であり、その対象がジャズやロック、モード、ハリウッド映画にフランス映画、オリンピックやワールドカップなどのスポーツ、テクノにヒップホップなど、常に欧米文化が大きな位置を占めてきたことを考えるならば、「カッコいい」対象の考察として、海外の事例は不可欠である。近代以降を考えても、洋行帰りの「ハイカラ」は、今日の「カッコいい」の観点から論じられるべき存在だっただろう。

 では、実際のところ、それぞれの国に「カッコいい」に該当する概念なり、言葉なりはあるのだろうか?

 それは日本の「カッコいい」とどこが共通していて、どこが違うのか? あるいは、それらは、「カッコいい」という概念の形成にどのような影響を及ぼしたのだろうか?

 本章では、まず、アメリカの「クールcool」、「ヒップhip」、そして、イギリスの「モッズmods」といった言葉に注目し、そこから生まれてきた文化が、大西洋を行き来しながら刺激し合い、混淆し、一九六〇年代に世界的な「カッコいい」ムーヴメントを形成した過程を確認したい。既に、日本のジャズやロックの受容の歴史で見たことだが、結論から言うと、日本の「カッコいい」という概念は、この戦後の〝大西洋文化〟の多大な影響下に形成されたものである。(1)

脚注

(1)西洋美学史は、「一八世紀半ばに成立した『美学』および『芸術』という概念を、『美学』も『芸術』も存在しなかった過去に投影することによって成り立つ」(小田部胤久)というアナクロニズムを抱えているが、「カッコいい」という概念の起源を辿っていく作業も、同様の問題に突き当たらざるを得ない。

 以下の章では、最終的に二〇世紀後半になって、「カッコいい」という価値観に流れ込むこととなる様々な要素(「男らしさ」など)の歴史に注目し、また近接的な概念(「ダンディ」など)との比較を通じて、この言葉の定義に至る、ということとなるだろう。

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カッコいい」とは何か

平野啓一郎

『マチネの終わりに』『ある男』を発表してきた平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日...もっと読む

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