第6章アトランティック・クロッシング!|4Atlantic Crossing!

ロッド・スチュワートに《アトランティック・クロッシング》(一九七五年)という名盤があるが、アメリカの建国物語が、ヒップという概念の形成に大きな影響を持っていたこと、またこのあとで見るダンディ第三世代のオスカー・ワイルドが、アメリカ、フランスを往来していたことなどを見るにつけ、そのダイナミズムは、まさに大西洋の横断にあったーー。平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは、「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日毎日更新)

4 Atlantic Crossing!


「カッコいい」は西側諸国の文化

 ヒップやクールの受け止め先は、アメリカ国内だけではなかった。

 取り分け戦後、大西洋を越えて、イギリス、フランスに及ぼした影響は絶大で、一九六〇年代以降の世界的な「カッコいい」ブームの形成は、この広がりなしにはあり得なかった。

 ロッド・スチュワートに《アトランティック・クロッシング》(一九七五年)という名盤があるが、アメリカの建国物語が、ヒップという概念の形成に大きな影響を持っていたこと、またこのあとで見るダンディ第三世代のオスカー・ワイルドが、アメリカ、フランスを往来していたことなどを見るにつけ、そのダイナミズムは、まさに大西洋の横断にあった。

 アメリカ発祥のブルースやロックは、イギリスに渡ってビートルズやレッド・ツェッペリンを生み出し、更に彼らがまたアメリカに渡って「ブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリスの侵略)」とさえも呼ばれた大ブームを巻き起こす。……少しロックに興味があれば、誰でも知っていることだろうが、日本人は、日本を中心とするメルカトル図法が染みついていて、この大西洋を挟んでの欧米の一体感を、なかなかイメージ出来ない。その地図だと、太平洋が中心近くにあり、大西洋は両端で切れ、アメリカとヨーロッパとは、左右に分断されているからである。

 しかし、私たちは、欧米人の頭の中にある、日本を「極東」に位置づける世界地図を常に参照すべきである。冷戦時代、日本は西側陣営の一員だったが、大西洋を中心として結び合っている欧米からすると、後ろを振り返って遥か彼方の離れ小島のような東の極限に位置しているのが日本である。坂本龍馬が、四国から太平洋を見つめるシーンは、幕末ものの映画などでもお馴染みだが、今言ったような地図を念頭に置くと、何となく虚しい感じもする。

 こう考えて、私たちは初めて、NATOとワルシャワ条約機構との対峙といった冷戦時の状況をイメージ出来るのだが、実のところ、「カッコいい」はこの政治的領域と密接に結びついている。

 戦後、ソ連を中心とする東側諸国では、ロックが禁止されていたために、この音楽の「しびれる」ような興奮に衝き動かされた「カッコいい」を、そこに住む人々は、ペレストロイカの時代まで公には知らなかった。海賊版は流通していたものの、ロシアの「ロックの神様」と称されるヴィクトル・ツォイのバンド、キノーがアンダーグラウンドで結成されたのは、ようやく一九八一年になってからである。

 勿論、東側諸国に「カッコいい」ものがなかったわけではなく、取り分けデザインの領域では、ロシア構成主義を始めとして、グラフィック、プロダクト、建築など、今日でも注目される様々な成果を生み出している。しかし、個人主義を基礎に、資本主義と民主主義という社会で、「しびれる」ような体感とともに、消費と動員に絶大な威力を発揮した「カッコいい」は、西側諸国の文化であり、ロックは、ソ連の崩壊、ベルリンの壁崩壊時にも、〝自由〟という価値観の祝祭的な象徴となった。


ロック・コンサートの動員力

 当時は、ロックの中でも取り分けHR/HMの全盛期であり、一九八八年には、ドイツのスコーピオンズが、西側のロック・バンドとして、初めてソ連で大規模なコンサートを行い、バラード《ウィンド・オヴ・チェンジ》のロシア語ヴァージョンが大ヒットした。彼らは、ゴルバチョフ書記長にクレムリンに招待され、今でもその交流が続いているという。

 また、麻薬撲滅と世界平和のアピールを謳って開催された一九八九年のモスクワ・ミュージック・ピース・フェスティヴァル(4)は十二万人、同年のイングヴェイ・マルムスティーンはモスクワで十一回、レニングラード(現サンクト・ペテルブルク)で九回の単独コンサートを行って延べ二十六万人、一九九一年のモンスターズ・オヴ・ロック(5)は一説には二百万人以上が詰めかけたという。

 いずれも、その映像を今でも見ることが出来るが、会場の興奮は凄まじい。観客の一人一人が、「しびれる」ような興奮を味わっているのが、ヒシヒシと伝わってくる。

 思い出話になるが、十代の頃、その様子を衛星中継や市販ヴィデオで見ていた私は、ソ連という遠い世界に住んでいるはずの人々が、自分と同じ音楽を聴きながら感情を爆発させている光景に、言いしれぬ感動を覚えたものだった。

 また、ロジャー・ウォーターズは、ベルリンの壁崩壊後の一九九〇年、ベルリンでかつて在籍したピンク・フロイドの名盤《ザ・ウォール》を再現するコンサートを行っており、こちらは、HR/HMに限らない、幅広いジャンルのミュージシャンが参加している。(6)

 ロック・コンサートに於けるこうした動員力は、六〇年代後半以降、西側諸国では既にお馴染みだった。有名な野外コンサートの動員数だけを列挙しても、下の図の通りである。(7)

 日本のフジロックは、二〇一八年に延べ十二万五千人、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018」は二十七万六千人が動員されている。

 また、経済誌『フォーブス』によると、二〇一八年に最も稼いだミュージシャンは、下の図の通りだった。

 ユーチューブが登場した時、こんなに手軽にライヴ映像が見られるようになると、もうコンサート会場になど、みんな足を運ばないのではないか?といった懸念が語られたが、実際には、レコードの売り上げの落ち込みに対して、コンサート・ビジネスはその規模を、年々、拡大している。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

コルク

この連載について

初回を読む
カッコいい」とは何か

平野啓一郎

『マチネの終わりに』『ある男』を発表してきた平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません