前回のあらすじ
名前のかっこいい国「エルサルバドル」に憧れる僕は、エルサルバドル代表がサッカーの試合を行うと聞き、宮城県にやってきた。自作のTシャツを作るなど準備を重ねた上で、エルサルバドル人を探しにスタジアムへ向かう。
会場となる宮城ひとめぼれスタジアムは、正直言ってアクセスが悪い。最寄りの「利府駅」までの電車は限られており、さらにそこから50分ほど歩く。さらりと言ったけど50分である。二日酔いで夕方まで寝ていた僕は、重たい身体を引きずりながら歩き続け、キックオフ直前にスタジアムへ着いた。
スタジアムの入り口には長蛇の列ができていて、さすがは代表戦である。今の所日本代表の青いユニフォームしか目にしていないけど、それは想定の範囲内だ。
重要なのは座席である。サッカースタジアムはエリアがいくつかに分類されて、最も熱狂的なサポーターが集結するのがゴール裏だ。よくテレビ中継で応援歌なんかが聞こえてくるけど、あれは大体ゴール裏のサポーター達が奏でている。
ゴール裏にもホーム側とアウェイ側の2種類があって、今回僕はアウェイ側、つまりエルサルバドル側のゴール裏席を予約していた。そこに行けば彼の国のサポーター達が熱狂的な応援を繰り広げられているはずだ。
僕は普段Jリーグを毎週観戦し、日本代表の試合はドーハの悲劇からずっと観ているくらいは代表が好きなので、アウェイ席に行くのは初めてである。まあフレンドマッチだし、一度くらい相手国を応援しても問題あるまい。むしろエルサルバドル側に溶け込めるのかが心配だが、このTシャツを着ていれば歓迎されるに違いない。僕は胸の国旗をぎゅっと握りしめた。
売店で買ったビールと牛タンを両手に抱え、スタジアムに入る。太鼓の音と歓声が響いてきて、空気の質がガラリと変わる。熱気が正面から吹きつけ、肌寒さを感じていた半袖にジワリと汗が滲んだ。浮足立ちながら中に進むと、鮮やかな緑が視界一面に広がる。スタジアムに踏み入れる瞬間は、何度味わっても良いものである。
人混みをかき分け、空席を探す。ゴール裏は自由席になっていて、そのほとんどが埋まっている。試合の開始を告げるホイッスルが鳴って、会場は一段と盛り上がった。僕は腰を屈めながらやっとの事で空席を見つける。
自席を確保し安堵したのも束の間、すぐに違和感に気づいた。周りは青いユニフォームだらけで、確かにエルサルバドルの国旗も青を基調としているんだけど、それは紛いもなく日本代表の青だった。前も向いても日本代表、後ろを向いても日本代表。エルサルバドルのゴール裏のはずが、そこにはエルサルバドルのエの字も見えない。なぜか。それはここが日本だからだ。
日本代表だらけのゴール裏(アウェー席)
考えが甘かった。会場には日本代表のサポーターしか見当たらない。エルサルバドルのグッズを着ているのは僕しかいなくて、僕はそそくさと国旗を上着で隠す。さらに僕の見つけた空席は地元の小学生の集団の一角で、そういう意味でも完全に浮いている。声を張り上げ代表を応援する小学生に囲まれ、僕は牛タンをもぐもぐ食べた。こんな時でも牛タンは美味しい。
前半が終わり、ハーフタイムが訪れた。トイレに向かう人たちがぞろぞろと席から離れていく中、僕は半ば放心状態で座っていた。確かにサッカーを見るのは楽しいけれど、これなら普通に日本を応援すればよかった。このTシャツを着ながら日本を応援するのは両国に対する裏切りのようで、何だか試合に入り込むことができない。
しかし、その時だった。ふと前方を見ると、男性の背中に見慣れた文字が見えた。
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