第5章表面的か、実質的か|3『FRONT』とプロパガンダ

ナチスの制服を着て街を歩くのと、家で一人で『FRONT』を見るのとでは、社会的な影響力という意味では大きな違いがある。しかし、『FRONT』に、今以て大日本帝国を「カッコよく」見せる力が残っていることは事実であり、昨今では、それを真に受けている国粋主義者もいるーー。平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは、「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日毎日更新)

3 『FRONT』とプロパガンダ


「戦時国家宣伝の宿命」を担う

 勿論、制服に限らず、ゼロ戦や原子爆弾、戦中のポスターなど、戦争に関わるあらゆるデザインを、今日、「カッコいい」と言うことが可能かどうかは、同様に考えるべき問題である。

 日本では、戦前から対外宣伝用のグラフ誌が数多く刊行されていた。

 別けても、『NIPPON』(日本工房)、『COMMERCE JAPAN』(貿易組合中央会)、『JAPAN PICTORIAL』(鉄道省国際観光局)などが知られ、それらは、同時期の『週刊朝日』(朝日新聞社)、『婦人倶楽部』(講談社)といった雑誌、あるいは『写真週報』のような官製グラフ誌とは比較にならないほど完成度が高く、今見ても、オリジナリティには乏しいが、デザインはやはり「カッコいい」と言わざるを得ない。関わったのは、写真家の木村伊兵衛や土門拳、グラフィック・デザイナーの河野鷹思、亀倉雄策といった当時の一流どころだった。

 取り分け、一九四二年から四五年までの間、陸軍参謀本部直属の東方社より刊行された『FRONT』は、そのデザイン性が今日でも高く評価されている。

 この雑誌は、プロパガンダ誌であるにも拘らず、編集部に数多くの共産主義者が含まれていたなど、謎めいたところもあるが、理事長に岡田桑三、写真部長に木村伊兵衛、美術部長には原弘を据えて、第二号からは林達夫が編集責任者となるなど、日本のグラフィック・デザイン界の粋を集めて制作されている。

 一九三〇年に刊行されたロシアの『USSR』と一九三六年にアメリカで刊行された『LIFE』が強く意識されており、殊に岡田と原の傾倒から、初期は「そこまで似せなくても」(多川精一)というほど『USSR』に酷似していた。

 元々は「世界各国に向けて日本の立場や、アジアの実像をPRしよう」という「おだやかな宣伝方針」だったが、ヨーロッパでの開戦、日本軍のアジア進出などにより、方針転換を余儀なくされ、「戦時国家宣伝の宿命」を担うこととなる。(4)

 創刊号も、当初は「陸軍号」の予定だったが、太平洋戦争開戦直後の「海軍のめざましい戦果に合わせて」、「海軍号」に取って代わられ、その後、「陸軍号」、「満州国建設号」、「落下傘部隊号」、……と、十種類が制作されたが、最後の「戦時下の東京号」は東京大空襲で消失したため、刊行されていない。

「日本の資源はまだ十分ある」ことを宣伝する目的もあり、多額の費用が注入され、A3という『USSR』と同じ迫力のある大きな判型で、多い時には世界十五ヵ国版が制作され、海軍号は六万九千部印刷されたという記録がある。

 ロシア構成主義の影響が看て取れるその誌面は、大砲を発射する戦艦や戦闘機のパイロットのポートレート、上空での編隊飛行、パースを効かせたハルビン市の街並みなど、木村伊兵衛の写真が、言葉を極力切り詰めて効果的に、大胆に掲載され、非常に「カッコいい」作りとなっている。

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カッコいい」とは何か

平野啓一郎

『マチネの終わりに』『ある男』を発表してきた平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日...もっと読む

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