男の物語」のなかで生きるすべての人へ―『竹取物語』1

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ正しい物語である」と。そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家物語』『忠臣蔵』『舞姫』、そして『蟹工船』と著名な物語の中で生まれかわり、 定められた結末を書きかえてゆく!河出書房新社から今秋発売、雀野日名子さんの痛快エンタメ小説をいち早くお届け!

縄文時代、偶像化される女たちを見て、彼は嘆いた。

弥生時代、王座に据えられる女たちを見て、彼は頭を抱えた。

彼は、物語の神である。

彼の役割は、人間を「正しい物語」のなかで生きさせることである。

「正しい物語」では、男が中心に存在しなくてはならない。

天を見よ。太陽が中心にあるからこそ、星や月は命を得ることができるのだ。人間も同じ。男という太陽が中心にあるからこそ、女という星は命を得ることができるのだ。

彼はまずは、縄文時代と弥生時代を「正しい物語」に直すことにした。

女をかたどった豊穣祈願の土偶は、弥生時代に始まった戦争で踏み潰させた。戦争を収めるために王座に据えられた巫女は、男に暗殺させた後、その王国ごと所在不明にした。

これによって人間たちの認識も「正しく」補正された。女人にょにんを象った土偶の欠片かけらは石ころと同じなのだと。王座に据えられる女は傀儡くぐつでしかないのだと。

彼は人間たちを、「正しい物語」へと誘導していった。

何百年かの時が流れた。

彼によって「物語」に閉じこめられた女たちは、閉じこめられている自覚もなく、彼の定義する「正しさ」のなかで生きていた。

さて彼は今、「帝の結婚」という物語を動かしている。

年頃の姫君を持つ公卿たちから縁談を持ちかけられた帝が、后候補たちに難題を出すという内容だ。

物語の神は性質の異なる姫君を五人、物語に配置した。とある姫は女の模範という設定で。別の姫は女を戒めるための設定で。もっとも姫たちは、自分が物語の神に設定された存在とは知るよしもなく、生まれ育った家で日々を過ごしているのだが。


【姫君その一 気弱な姫君のある日】


「今日より、その塗籠へやを出ることはならん」

屋敷の奥まった場所にある、窓ひとつない小部屋へ連れていかれた姫君は、命じられたままに敷物むしろに座った。きしんだ音を立てて戸が閉じられる。戸の向こうから、養父が厳めしい口調で続けた。

「弱音を吐くことは許さん。このわしも、乗り越えられない苦難などないと自身に言い聞かせ、一介の武人から大納言まで昇ったのだ。そちを養女むすめとして迎えて十二年。女人の本分をいまいちど自覚し、当家の恩に報いるのだ」

姫君は手元の琴に視線を落とす。

「一日も早く、帝から賜ったお題を解くのだ。それまでこの父も精進潔斎していよう」

足音が遠のいていく。姫君の傍らに控える女房が、慰めるように語りかけた。

「お父上を恨んではなりませぬ。このような難題を出されたのは帝なのでございます」

帝は二十一歳になるがまだ后を迎えておらず、母である皇后や祖母である皇太后は気を揉んでいた。そんなおり、初潮を迎えた娘を持つ五人の公卿が相次いで「ぜひ我が娘を后に」と願い出た。皇后も皇太后も喜び、帝に選ばせることにした。すると帝は、次のように言ったのだ。

「各自に課題を与える。それを琴と和歌で表現せよ。その結果、女人として最も優れた心を持つ姫を后とする。期日は半年後とするが、それより早くてもかまわない。ただし、これぞと思える姫が現れたら、その時点で后選びは終了だ」

そのお題は、仏のいしの鉢や火鼠ひねずみの皮衣など、天竺や唐の言い伝えにしか存在しないものばかり。この気弱な姫君が与えられたお題は、龍の首にあるという五色の珠だ。

お題が出ると養父は早速、昇龍の屏風を取り寄せ、姫君の前にどんと置いた。

「毎日これを見て、琴の調べの着想を得るのだ。できないとは言わせぬ」

目玉と鉤爪かぎづめをぎろりと光らせる龍は、肝心の首元を長いひげで隠している。養父の顔と重なり、姫君は思わず目を伏せてしまう。琴の旋律など浮かびようもない。途方にくれて顔を上げると、またもやぎろりとした目玉が睨んでいる。その繰り返しだ。

「お題に悩んでいるのは、きっと他家の姫君も同じですよ」

姫君に仕える女房は、そう慰めてくれる。けれども他の姫君は帝の親戚だったり、髪や顔立ちが美しかったり、どんなものでも手に入れる財力や人脈を持っていたりする。かたやこの姫君には、強みといえるものがない。琴を弾けば犬は吠えて猫は逃げるし、女人の歌合うたあわせに招かれても身を縮めて座っているばかり。こんな性格だから友だちもおらず、養父をいらだたせている。

「けれども中納言どのの姫君は、お悩みではないかもしれませんね。お題に取り組もうともせず、怠けてごろごろしているばかりだとか。何を考えているのやら」

女房は、塗籠の片隅に置かれた文机ふづくえへと顔を向けた。

「琴から始めるのがおいやでしたら、和歌から始めてはどうでしょう。姫さまの筆は、まことに美しゅうございます。姫さまがお心を捧げるお歌に、帝は必ず応えてくださるでしょう」

「帝がどういう殿方かも知らないのに、どうやって」

「どのような殿方か、想像して心をお捧げなさい。それが女人として最も優れた心なのです」

「よく分からないわ」

「お分かりにならねばなりません」

姫君は目を伏せる。涙がにじんでいた。

「この屋敷から、父上のもとから逃げたい。いっそ、この身を消してしまいたい」

「お逃げになりたいのならば、帝の后になるしかございませぬ」

母屋のほうからは、大がかりに屋根をき替える音が聞こえてくる。気の早い大納言は、帝の舅の屋敷として恥ずかしくないように、さらにはがい祖父そふ──帝の御子の祖父──としての威厳を誇示できるように、柱の塗り直しまで始めさせていた。

「では、わらわは失礼いたします。長くここにおりましたら、大殿にお叱りを受けましょう。ご用がございましたら鈴をお鳴らしくださいませ」

「それなら絵巻物を持ってきてほしいの。こんな場所に何ヶ月もひとりで閉じこめられるなんて、怖くてしかたない」

姫君にとって唯一の友だちは絵巻物だ。広げればいつでも語りかけてきてくれるし、姫君をいじめることも拒むこともない。

「お持ちいたします。お辛くても耐えるのですよ」

女房が塗籠を出ると、再び戸が固く閉められた。

自分がどこで生まれたのか知らない姫君だが、この家に連れてこられた日のことは、ぼんやりと覚えている。まだ二歳だった。色の衣と蜂蜜の菓子を与えられ、何人もの使用人にかしずかれた。彼女たちは微笑んでいたが、そこに心がないことは幼心に察していた。

養父の笑顔は見たこともない。女児を産めない妻たちに見切りをつけ、この姫君を養女に迎えたものの理想どおりには育たず、笑みなど浮かべようもないのだろう。姫君の心はこの十二年間、塗籠のなかにあるのも同然だ。

孤独な姫君の手の甲に、涙の粒が落ちた。

物語の神は外界を見下ろし、この姫君を哀れんだ。哀れではあるが、彼が創る「正しい物語」には必要な設定である。そのような設定に生まれついたことを、嘆くがよかろう。

彼は再び、物語を進め始めた。

(つづく)

次回「男の愛を得るために、必要なのはコネか信心か―『竹取物語』2」は9/9(木)更新予定。お楽しみに!

この連載について

かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ“正しい物語”である」と。 そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。自由を求め物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家...もっと読む

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