29年前の私が結婚式にもウエディング・ドレスにも興味がない花嫁であったことは1話と2話で語った。だが、多くの花嫁にとってウエディング・ドレスは幼いころからの夢であり、義母はその代表的存在と言える。そして、娘は私たちのどちらとも異なる。義母と私、そして娘という3世代の花嫁の違いが際立ったのが娘のウエディング・ドレス選びだった。
20年後に発覚したウエディング・ドレスの真実
娘のアリソンが高校生のころ、「Say Yes to the Dress(このドレスに決めた、と言って)」という、ウエディング・ドレス専門店での花嫁や家族の揉め事をドキュメントした人気リアリティ番組をよく観ていた。
私は、娘がテレビを観ながら宿題をしているときに偶然通りかかってこの番組のことを知った。
「なんでウエディング・ドレスの番組なんか見ているの?」と娘にたずねると、「宿題をするときにバックグラウンドに流れているのは、こういう軽いのがいいの。くだらないけれど、面白いよ」と言うので娘の横に座って一緒に見始めた。
同伴した親が「予算の上限は5千ドル(50万円強)」と言っているのに、130万円くらいするドレスを選んで「これがいいの! 私を愛しているならこれ買って!」とゴネる花嫁とか、コンサルタントが選んだドレス全部にケチをつける花嫁とか、そういう客の陰口を言う店員とか、まるで「テレビドラマ」だ。わがまま放題の花嫁のことを英語で「bridezilla(ブライド+ゴジラ=ブライドジラ)」と呼ぶというのも私はこの番組で学んだ。
しばらくして「クラインフェルド」という店の名前に首を傾げた。どこかで聞いたことがある名前だが、どこだろう……?
遠い記憶をたどっているうちに「はっ」と思いついた。
「私のウエディング・ドレスだ」
娘は興奮したように大声で叫んだ。
「マミー、クラインフェルドでウエディング・ドレス買ったの?!!!」
私は「私はお直しに1回行って、ドレス代払っただけ。店とドレスを選んだのはグランマ(おばあちゃん)よ」と正した。
だが、娘は歴史の正確性にはお構いなしに、友だちに「私のマミー、クラインフェルドでウエディング・ドレス買ったんだって!」と早速メッセージを送って自慢している。
クラインフェルドは当時ブルックリンにあったのだが、番組を見るとマンハッタンに移動したようだ。アメリカで最も有名なウエディング・ドレスの専門店だということも、この時まで知らなかった。この連載の2話で語ったが、やはり私は結婚式に対する義母の情熱を甘く見ていたようだ。
「私たちは娘が1回しか着ないドレスに大金を払うつもりはないからね。クラインフェルドでドレスを買うなんて夢は抱かないように」と手遅れにならないうちに娘に釘を刺しておいた。
「あなたのドレスを直して着れば?」
「地味な結婚式のほうが結婚は長続きする」という私の自説を何度も繰り返しておいたのが功を奏したのか、25歳で婚約したときの娘は「クラインフェルドに行こう」とは言い出さなかった。
そのかわりに、さっそく義母が「ウエディング・ドレスはどうするの?」と電話してきた。
義母の最初の案は「あなたのドレスを直して着れば?」というものだ。
欧米の白人社会では母のドレスを娘が着る慣習があるからだが、本当の理由は自分が選んだドレスを孫にも着せたいのである。
義母の意向を娘に伝達したときの「あんなデザインをいまどきの若者が着るわけないでしょ」みたいな率直でやや失礼な反応を、私は「90年のあのデザインは、現代の若い女性にはやや時代遅れで、ビンテージとしてかっこよくなるのには早すぎる微妙なもの。残念ですね」と翻訳して伝えておいた。
次の義母の提案は「ジェシカ(仮名)がまだ私のドレスを持っているかも。電話してみようかしら?」というものだ。
ジェシカは義母の真ん中の息子アレックス(仮名)の最初の妻だ。3人息子の中で最初に結婚した息子の嫁に義母は自分のドレスを着させたようである。
義母の結婚式の写真を見ると、確かにデザインはビンテージとして素晴らしい。
約60年前の義母のウエディング・ドレス姿。第二次世界大戦から10年ほどしか経っていない時代にこれほどのドレスを着たことから推察すると、相当豪華な式だったと思われる。
だが、最大の問題は義母の結婚もジェシカの結婚もどちらもうまくいかなかったことだ。最後まで離婚はしなかったものの、義母は義父が亡くなるまで50年も「別れたい」と息子たちに言い続けたし、ジェシカとアレックスの結婚は泥沼離婚に終わった。そういう縁起が悪いドレスをわざわざ着るというのはいかがなものか。
それに加え、アレックスの離婚の後、夫の家族のなかでジェシカや彼らの子供たちとずっと仲良くしているのは夫と私と娘の3人だけなのだ。あとの家族は(アレックスを含めて)あたかも彼らがもともと存在しなかったかのように振る舞っている。義母が「私のウエディングドレスまだ持っている?」などと電話したらジェシカはブチ切れてしまうだろう。
それらの理由はそっと飲み込み、「アリソンは独自の案を持っているようですから、私は口出しせずそれに従います」と、やんわりと「あなたもそうしてくださいね」のメッセージを伝えた。
現実主義者のドレス選び
アニメのコスチュームを着てコミコンに行くのが趣味の娘は、「シンプルなドレスに日本の帯を巻き、ロングトレーンと一緒に後ろに流す」という日米の伝統を融合させたユニークなウエディング・ドレスを考えついた。新郎新婦が決めたウエディングのテーマは「鶴」、色は「赤」なので、そのテーマにそった帯がいいという。
娘の希望に「はいはい」と応じて帯を調達するのが母の私の役割だ。アメリカでは着物専門店や百貨店がないので、インターネットの検索エンジンを駆使して鶴の模様がついた赤い帯を滋賀県から取り寄せた。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。