AIが翻訳してくれる世界で、もう語学はいらない?

先日、生まれてはじめて上海を訪れたという牧村さん。空港でひとりリュックをしょってホテルの送迎の人を待っていると、身なりの良い紳士に声をかけられます。警戒しつつも紳士について行くと、思いもがけない体験が待っていました。


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こないだ上海で未来を見た。

初めての中国、ひとり旅。慣れないので空港送迎付きホテルを予約したつもりだった。ところが。出口に立つスーツの男たちは、みんな、超一流ホテルのロゴ入りボードを掲げた人ばかり。わたしの迎えらしき人は見当たらず、ひとりリュックしょって、遠足からはぐれた迷子みたいにぽつんとしてしまった。

「××ホテルのお客様ですか」

中国語で声をかけられた。身なりの良い、ヘッドセットをつけた、コンシェルジュ!!って感じの紳士だった。

「不是(違います)!」

ピヨピヨ一年生の中国語でそう答え、ひとりで歩き出そうとした。悪いやつほど身なりがいい。絶対に信用してはいけない。こんな、リュックしょって一人でうろついてる迷子の自分なんか、いいカモどころか、カモのヒナである。もうね、完全にピヨピヨ。ついて行っちゃいけません。ピヨピヨ。

ピヨッ?

ピィ。

ついて行っちゃった。

だって紳士さ、やべえんだもん。上海紳士は「心から心配しています」という感じの顔をし、国際都市上海 ! という感じのする接客英語でスラスラとこう言った。「お迎えの方はおいでですか。ご予約のホテルで手配してあるのですね。そのホテルの電話番号は。わたくしが確認の電話をいたします。なに、お客様をおもてなしするのは我々ホテルマンのつとめ。いや、警戒なさるのも無理はありません。こちら、わたくしの身分証です。こちらは空港での営業活動許可証。どちらも写真を撮っていただいて構いませんよ。よろしいですか、お客様のご予約なさったホテルに今から電話します。同業他社ですので、わたくしの私用のスマホから電話します。間違いなくこのホテルに電話をかけていることがご確認いただけるよう、画面もご覧いただいて構いませんよ。確実にこの番号ですね。かけますよ。……なんと。送迎車の予約ができていないと?」

スマート紳士はわたしを空港ロータリーまでスマートに案内した。

「お客様さえよろしければ、当社の送迎車でお送りいたしましょう」

待っているドライバーは、紳士の息子ほどの年齢。彼もまた、身分証や営業許可証らしきものをわたしに見せてくれている。あー、これ、紳士さ、たぶん、タクシーのキャッチじゃん。これでぼったくられるんでしょ?知ってる。わたしはスマホの録音メモを回し、目を三角にして聞いた。

「多少銭!?(いくらですか)」

言われた金額をしっかり証拠に残し、わたしは乗車した。

運転手は親切で、色々話しかけてきてくれる。でも、超早口の中国語だ。わからない。英語も日本語も通じない。「不理解(わかんない)……」。わたしは情けなくなって、ちぢこまった。運転手はブツブツと何かを呟いた。上海の夜はキラキラピカピカしていた。

すると。

「カレラハ オドリヲ オドリマス」

日本語が聞こえた。ロボロボしい、機械的な声。顔を上げると、運転手のスマホの自動翻訳アプリがしゃべっている。運転手が指差した先には、公園でダンスする大勢の人たちがいた。

「わあ!」

うれしくなる。

「今夜は何かイベントが開催されているのですか?」

自動翻訳アプリが理解しやすいよう、あえてカクカクの日本語をわたしが話す。運転手のスマホが中国語をしゃべる。それが日本語に訳される。

「上海ノ ヒトビトハ イツモ オドリヲ オドリマス」

すっげえー!!!!!!!!!!!!

わたしは運転手とWeChatを交換した。中国大陸で使われるLINEみたいなものだ。そこからは早かった。それぞれがしゃべったことが、iPhoneの音声入力とWeChatの翻訳機能でガンガン訳されていく。

マジで未来のおしゃべり体験をした。

すんっげえー!!!!!!!!!!!!

大興奮し、約束通りのタクシー代を払った。後で現地の日本人に聞いて知ったが、相場の3倍も払っていた。

ピヨッ。

しかしまあ、こんな技術がもうここにある。 もしも自力で鉄道に乗っていたら、こんな未来のおしゃべり体験はできなかった。だから相場の3倍払ったことについても納得しようと思っている。ちょっと涙目だけど。

だって、すごい。あの上海の運転手にわたしは、横浜のスタバからでも日本語で話しかけられるのだ。わたしの言葉は自動翻訳され、一瞬で海を超えて上海に届く。マジでやべえ。こんな技術、どれだけの人たちの夢だっただろう。海に、国境に、言葉の壁にへだてられ、上海と横浜の間で恋をあきらめた明治大正昭和の恋人たちが、どれだけ夢見た技術だろう?

こんなもんを目の当たりにしてしまったら、わざわざ中国語の勉強をする意味なんかないんじゃないか? とすら思えてくる。これからきっと、翻訳精度や翻訳速度はどんどん向上し、あの機械的なロボロボしい発音も人間らしくなり、対応言語もどんどん増えていくんだろう。

でも。

いや、だからこそ。

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牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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darling00000000 牧村朝子 @makimuuuuuu | 言語は政治、、そっか、AIはとてもとても便利だけど、決めつけられた上での会話しかできないんだ。女だって俺、僕って言… https://t.co/VNi70874DX 5ヶ月前 replyretweetfavorite

kotatsumuriman 今回も素晴らしかった〜〜〜高校時代からまきむぅの考え方が大好き。これからも頑張って学ぼう 5ヶ月前 replyretweetfavorite

silver0984 推しの言葉をわかりたいのは第一なんだけど、これが自分でわかりたい理由の根底にある。 https://t.co/c6AbCEmnHv 5ヶ月前 replyretweetfavorite