第2章趣味は人それぞれか?|2誰が「恰好が良い」と判断するのか?

名詞化した「恰好」という言葉に、依然として、「あるものとあるものとがうまく調和する・対応する」という意味が残存しているとするならば、私たちが「恰好が良い」と評価するのは、その理想と、それとの適合度合いであろうーー。平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは、「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日毎日更新)

2 誰が「恰好が良い」と判断するのか?


「恰好」にはプラスの意味がある

 ところで、この「恰好/格好」を、本当にただの外観の意味だとしていいのだろうか?

 例えば、「このお菓子は恰好が良い。」というのと、「このお菓子は見た目が良い。」というのは、同じ意味だろうか? 微妙な語感にこだわることが、この後、「カッコいい」を考えていく上では、非常に重要である。

「恰好が良い」というと、構えが良いというのか、よく出来ていると言うべきか、理にかなっていてお菓子然としている、といったニュアンスが感じ取れる。お菓子の理想像が前提とされていて、ただ色がきれい、というのとは違い、デザイン的に優れている、と受け止められる。

 子供に自由にねりものを作らせれば、様々な、独創的で愛らしい和菓子が出来上がるだろう。もし、あなたがそれを審査しなければならないとすると、「見た目」が良いものを評価することは難しくない。しかし、和菓子として「恰好が良い」ものを選ぶとなると、前提として、ねりものの何たるかを知らなければ、確信を以て判断できない。つまり、どのお菓子がその理念に合致して理想的かが問題となるのである。

 小野は、そもそも「恰好」の「あるものとあるものとがうまく調和する・対応する」ことには、「プラスの意味」があると指摘する。白居易にとって、地方官吏という職業は、単に詩人である自分に合っている、というだけでなく、そのことが心地良さをもたらしている。理想的と言ってよく、取り分け、他と比較した場合の肯定的な評価が込められている。

「この議論をする上では、恰好の事例だ。」と言う時、私たちは、その打ってつけの事例が見つかり、議論の中でそれを示すことが出来ることに、軽い興奮と高揚感を覚える。

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カッコいい」とは何か

平野啓一郎

『マチネの終わりに』『ある男』を発表してきた平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日...もっと読む

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