第2章趣味は人それぞれか?|1語源は「恰好」

そもそもこの言葉は、それまで日本語として存在していなかった、まったく新しい造語なのかというと、実はそうではない。第2章では、その歴史を更に遡って、「カッコいい」の意味を考えてみようーー。平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは、「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日毎日更新)

1 語源は「恰好」


あたかもよし

 さて、第1章では、「カッコいい」という言葉が、戦前から楽隊や軍隊で使用され、一九六〇年代に入って一気に一般に広まった、という事実を見たが、では、そもそもこの言葉は、それまで日本語として存在していなかった、まったく新しい造語なのかというと、実はそうではない。

 第2章では、その歴史を更に遡って、「カッコいい」の意味を考えてみよう。

 複数の辞書が、「カッコいい」を「格好良い」、「恰好良い」と表記しており、つまりは「恰好(格好)」が「良い」ことなのだと説明している。(1)

 これは、現代の一般的な感覚からも腑に落ちる説で、実際、「そんな恰好の悪いこと、出来るか!」といった調子で、「恰好」と「良い/悪い」との間に文節を認め、「の」や「が」を挟む言い方は、頻繁ではないが、不自然とも感じられない。

 これは、歴史的にも正統な考え方なのだろうか? 注目すべきは、「恰好(格好)」という漢語である。

 表記としては、「格好」よりも「恰好」の方が古い。「恰」という字は、「あたかも」と訓読みするので、「恰好」を読み下すと「あたかもよし」となる。

「恰」の意味として、『日本国語大辞典』には、「(多く「似る」「如し」「よう」などの語をあとに伴って)よく似ている物事にたとえる場合に用いる語。さながら。まるで。まさしく。ちょうど。」と「ある時期や時刻にちょうど当たる、また、ある事とほとんど同時に、他の事が起こるさまを表わす語。ちょうど。ちょうどその時。」という二つが挙げられている。

 私たちに、今関係しそうなのは、前者の方の意味だろう。また、「あたかもよし」は、「ちょうどいいことには。うまい具合に。」と説明されている。

 これが、そのまま「恰好」の意味だろうか?

『漢語大詞典』によると、「恰好」の最古の使用例は、白居易の詩「勉閑遊(閑遊に勉む)」(八二四年)で確認されるという。

 貧窮心苦多無興

 富貴身忙不自由

 唯有分司官恰好

 閑遊雖老未能休(2)

(現代語拙訳)

 貧しさで困窮していると、心に苦しみが多く、興が湧くこともない。

 裕福な高い身分につけば、忙しいばかりで自由がない。

 ただ、東都分司の官職だけが、詩人の自分にはおあつらえ向きである。

 歳を取ったが、のんびり旅をして回ることを、未だに止められない。

 千二百年も昔の詩でありながら、今の感覚でも、よくわかる内容だろう。

 白居易は、あまり忙しくない地方官吏くらいが、自分には丁度いい、ピッタリだ、と言うために、「恰好」という言葉を用いている。重要なのは、世間的には「裕福な高い身分」の方が羨まれるだろうが、自分にとっては、「東都分司の官職」の方が良いと、個人的で、主観的な価値観が語られている点である。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

コルク

この連載について

初回を読む
カッコいい」とは何か

平野啓一郎

『マチネの終わりに』『ある男』を発表してきた平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません