自動運転はなぜ可能なのか
家族で長距離ドライブに出かけるとき、運転は重労働です。遊び疲れて寝ている奥さんと子どもの寝息を聞きながら、お父さんが夜通しドライブ、というのもよくある話ですが、あと何十年かしたら、そういった光景が過去のものとなるかもしれません。
目的地まで自動で連れて行ってくれる車、そんな夢のような技術が実用化に近づいています。トヨタやフォードなどの自動車メーカーだけでなく、GoogleなどのIT企業も巨額の資金を投じ、世界中で「自動運転車」の研究が進められています。 自動運転車には、レーザー・レーダー(レーザーを使って障害物を検知する機器)やビデオカメラなどの各種センサーが付いていて、前後の車間距離を適切に保ちつつ運転し、前方に人や自転車などの障害物が現れると、瞬時に把握して対応します。また、GPS(全地球測位システム)と連携して、自分の地図上の位置情報を常に把握しながら走行していきます。
一見、GPSからの位置情報が最も重要に思えますが、実は、そうではありません。GPSは、はるか上空の人工衛星と通信して現在位置を把握するシステムのため、どうしても誤差が大きくなってしまうのです。車にカーナビを搭載されている方なら、カーナビ上の表示位置が実際から大きくずれて、海を走っているなんて状況を経験したことがあるかもしれません。GPS自体の精度の限界に加えて、衛星との通信が失敗した場合は、カーナビ本体がタイヤの回転数などから位置を推測している場合もあるため、このようなことが生じます。カーナビならまだしも、自動運転車がGPSのみに頼っていたのでは、危険が大きすぎます。そのため、自動運転車にとって、GPSの位置情報は単なる補助に過ぎません。
精密な位置把握は、車自身に搭載されたセンサーによって行われています。とは言うものの、センサーにも誤差があるので、センサーから来た位置情報をそのまま信じるわけにはいきません。ほんの数センチの誤差ですら、大事故につながる可能性があるのです。そのため、自動運転車には、センサーの情報と自分自身の推論を組み合わせて正確な位置を推測するAI(人工知能)が搭載されています。
自動運転車のAIは、ちょうどビジネスマンが事業を進めていくときのように、運転を計画的に実行しています。企業勤めや経営者の方なら、PDCAサイクルという言葉を聞いたことがあるでしょう。「P=Plan(計画)」→「D=Do(実行)」→「C=Check(評価)」→「A=Act(改善)」のサイクルを回すことで、ビジネスを進めていく考え方です。もともとはアメリカで開発され、日本を含む世界中で親しまれているフレームワークです。
自動運転車のAIも、この PDCAサイクルを回しながら運転をしていると考えると、 自動運転の仕組みを分かりやすく整理することができます (図表3−o)。 まずAIは、現在の位置情報から、次の行動計画(Plan) を立案します。例えば、対向車線にはみ出しそうであれば、反対側に動くことで位置を戻そうと計画するでしょう。そして次のステップで、計画を実行(Do)します。その後、直前の位置情報と行動計画に基づいて、新たな現在位置を推定します。例えば、対向車線から離れる方向へ30cm動くという計画を実行したのであれば、現在地はもとの位置よりも30cmほど動いているはずです。
図表3−o 自動運転車のPDCAサイクル
けれども、ここで問題が生じます。もともとの位置情報はセンサーやGPSの信号から割り出したものですが、共に誤差が含まれているので、推定位置にも不確かさが残ってしまいます。例えば図表3−pのように、センサーのノイズによって、現在位置が絞り切れない場合もあるでしょう。また、車自体の動きにも誤差があるので、AIが30cm移動せよと命じても、実際に動いた距離は31cmだったり28cmだったりします。そのため、移動後の推定位置は、さらにあやふやになってしまいます。図表3−pで言えば、「ここらへんにいるはず」という確率の山が、より広がってしまうのです。
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