6 六〇年代という時代
自分自身が主役となる喜び
少し日本の一九六〇年代という時代背景について考えてみよう。
第二次世界大戦が終わって二十年前後、サンフランシスコ講和条約で主権を回復してから十年後という時期である。
先述の通り、戦前からジャズは大衆的な広まりを見せていたが、同時に《リンゴの唄》に象徴されるような流行歌も誕生している。音楽学者の輪島裕介は、《リンゴの唄》は、レコードのプレス工場が空襲で焼け、また国民も喰うや喰わずの時代に、ラジオの「のど自慢」番組を通じて広まったと指摘している。
「ラジオ放送開始後、一九四六年一月に始まり、たちまち爆発的に人気を博したこの番組は、GHQによる放送の民主化指令を受けて企画されたものだ。決して上手とはいえない素人の歌声が公共の電波に乗る、という事態は、それまで上意下達メディアであったラジオにはありえないもので、そこに『民主主義』を感じる人々も多かった。」(7)
日本のミュージシャンたちが、デューク・エリントンやベニー・グッドマンのレコードでジャズに目覚め、戦後はラジオや進駐軍のキャンプで更にその音楽知識と演奏技術を磨いていったのと同様に、一般国民もまた、GHQの民主化政策の一環として、音楽をただ受動的に聴くだけでなく、自ら能動的に歌う側に立って楽しむ、ということを始めたのだった。
現在でも、マーケティングの世界では、「一般参加型」だとか「インタラクション」といった言葉が頻りに飛び交っているが、それは、静的で、鑑賞的な態度ではなく、「しびれる」ような感動に衝き動かされ、自らの肉体を以て対象と同化し、自分自身が主役となる新しい喜びだった。その媒介をしたのが、ラジオ、テレビといったメディアである。
テレビ放送が始まると、プロレスの力道山がアメリカ人の大男たちを空手チョップでなぎ倒し、人々を熱狂させたが、その興奮は、敗戦の意趣返しというだけでなく、プロレスというアメリカが本場の〝スポーツ〟の世界で、その後発の参加者であり、模倣者であり、相撲という日本の伝統競技の元力士が、アメリカ人を凌駕している、という痛快さにもあっただろう。
神武景気により高度経済成長が始まり、経済白書に「もはや戦後ではない」と書かれたのは一九五六年だったが、『暴力教室』の公開で日本人がロックのレコーディングをしたのはその前年であり、また「反抗する若者」という新しいヒーロー像を生み出したジェイムズ・ディーンが、その死亡記事と共に日本に紹介され、若者たちに強い共感を与えたのも同じ年だった。
ヒーローと同化するために
子供たちにとっての「カッコいい」に大きな影響を与えたのは、一九五八年に放送された『月光仮面』を嚆矢とする〝正義の味方〟のヒーロー物だろう。
その後、『ウルトラマン』、『仮面ライダー』、『ゴレンジャー』と、六〇年代から七〇年代にかけて、数多のヒーローたちが生まれ、今日に至るまで、その系譜は脈々と続いている。
ヒーローたちは、悪なる敵と闘う。それも、一般市民を守るために。子供たち──取り分け男児──は、夢中になって、「ごっこ遊び」で彼らの姿を模倣し、遊びの中に敵と味方、善と悪といった役割分担を導入し、いつもヒーロー役を務める子供は羨ましがられ、悪役は嫌がられた。勧善懲悪は、ヒーローが体現する揺るぎない思想である。
「カッコいい」ヒーローと同化するために、彼らは様々なキャラクター・グッズを購入したが、それが巨大なマーケットを形成してゆく。そう、音楽だけでなく、映画、ファッション、自動車、電化製品、……と、「カッコいい」は何よりも、ビジネスになるのである。
一見すると、平凡な人物が、危機に際して「変身」し、ウルトラマンや仮面ライダーになる、という設定は、「カッコいい」存在への同化願望を強く刺激する。ヒーローは、絶対的に隔絶した存在ではない。それは、クレージーキャッツの「カッコいい」の定義で見た特徴②「一見すると平凡、滑稽だが、本質的に秀でている。両者のギャップが『カッコいい』」と合致している。逆に言うならば、「カッコいい」存在への憧れ自体が、退屈な日常生活の中の〝変身願望〟だったとも指摘できよう。
世界的に見ると、子供向けのヒーロー物の先駆けは、『スーパーマン』(一九三八年)である。
その背景には、一九三〇年代のアメリカ社会の危機があったが、原作者のジェリー・シーゲルを始め、その担い手の多くがユダヤ系アーティストだったことの意味を重視する者もいる。例えば、『スーパーマン』の編集者で、自身もユダヤ系のダニー・フィンゲロスは、スーパーヒーローの二重性について、「『弱虫というかたちで素性を隠す』という部分は、ユダヤ系作者なりの主張の仕方」であり、「自分たちには個人としての力があり、弱虫ではなく、個人としても集団としても、良いことを行ないたいという無私の願望」があることが表現されていると指摘している。(8)
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