ロケットは、なぜ空気がなくても飛べるのか?

身の回りを見渡すと、日常は不思議なほどに美しい「数」の法則にあふれている。そんな「日常にひそむ うつくしい数学」を、京都大学物理学専攻の著者が、小学生でもわかる平易な文章で解説。難しい数式は読み飛ばしても大丈夫。本連載は「日常にひそむ うつくしい数学」(朝日新聞出版)よりお届けいたします。

ロケットは、なぜ空気がなくても飛べるのか?


飛行機とロケット、どちらも空飛ぶ乗り物ですが、飛行機は空気がないと飛べないのに対して、ロケットは空気の無い宇宙空間でも飛ぶことができます。なぜなのでしょうか?実は、飛行機とロケットでは、飛ぶ仕組みが全く違うのです。

ロケットが飛ぶ仕組み

ロケットの構造は複雑なので、独自開発のロケットによる人工衛星の打ち上げ能力を持つ国は、まだ数えるほどしかありません(ロシア、アメリカ、フランス、日本、中国、イギリス、インドなど)。技術的にはそれほど難しいわけですが、ロケットが宇宙まで飛んでいく原理そのものは、実はとても簡単です。

ロケットは、「運動量保存則」と呼ばれる法則を利用して飛んでいるのです。「運動量保存則」という言葉を、初めて聞いた方もいらっしゃるかもしれません。これは、動いている物体を支配する物理法則の一つです。物を動かそうとしたとき、軽いものは簡単に動かせますが、重いものを動かすのは大変ですよね。そのことを数学的に厳密に表したのが、「運動量保存則」です。

物を動かそうとするときの大変さは、重さ(質量)と速さ (速度)で決まります。軽いビー玉を動かすよりも、重い机を 動かすほうが大変でしょう。また、野球のボールを時速 10kmで投げるよりも、時速100kmで投げるほうが大変です。プロ野球投手の球速は時速150kmを超える場合もあるそうですが、早く投げることが難しいからこそ、プロ野球というビジネスが成立します。

物を動かす上で、質量が大きいほど、そして速度が大きいほど難しいのならば、いっそのこと二つを掛け算して難しさを一つの基準で表せないでしょうか?物理学の世界では、このような考え方に基づいて運動を議論するのが一般的で、質量と速度を掛け算した値は「運動量」と名付けられています。 そして、次のような法則が成り立つことが知られています。

運動量保存則  
外から力が加わらなければ、「質量×速度(=運動量)」の総和は一定に保たれる

これだけだと分かりづらいので、具体例で考えてみましょう。左側から時速100kmで飛んでくる質量10kgの鉄球が、 静止している別の鉄球に当たるところを考えます。静止している鉄球には強力な粘着テープが貼られていて、飛んでくる鉄球と衝突した瞬間、二つの鉄球がくっついてしまうことにしましょう。このとき、仮に静止している鉄球が1㎏の場合、 ぶつかった後の速度はどうなるでしょうか?

運動量保存則によると「質量×速度」が変わらないはずなので、10kg×100km/時=11kg×□km/時が成り立つはずですね(重力や空気抵抗等は無視しています)。この式を解くと、□に入る数は約91になります。静止している鉄球とくっついて重くなった分、速度が落ちることを正確に計算できました。では、静止している鉄球が500㎏の場合、ぶつかった後の速度はどうなるでしょう?同じ要領で考えると、運動量保存則から、

10kg×100km/時=510kg×△km/時

が成り立つはずです。△に入る数を計算すると、約2となります。とても重い鉄球とくっついたため、速度が2 km/時まで落ちてしまいました。このように運動量保存則を使えば、 運動している物体の振る舞いを知ることができます。今度は、逆の状況を考えてみましょう。動いている物体がくっつくのではなく、静止している物体が分裂するという状況です。分かりにくいかもしれませんが、とりあえず、そういう状況になっているとします。

静止している物体が分裂して一方が飛んでいくと、もう一方は逆方向へ飛んでいくはずです。なぜならば、静止している物体の「質量×速度」はゼロなので、運動量保存則によれば、分裂したあとの「質量× 速度」の総和もゼロになるはずだからです。反対方向はマイ ナスで表されるので、お互いに符号が逆の運動量を持つことになり、足すとゼロになるように動きが決まります。具体例として、質量100kgの鉄球が、10㎏と90㎏に分裂し、10㎏の方が時速90kmで左側へ飛んで行ったとしましょう。

鉄球が分裂するなんてありえないと思われるかもしれませんが、実は鉄球に割れ目があって、その間に小人が住んでいると想像してみて下さい。小人の家は90㎏の塊のほうにあって、力持ちの小人は、家の外に出て10㎏の塊の方を押し上げ、遠くへ勢いよく飛ばしてしまいます。

このとき、90㎏の鉄球の速度はどうなるでしょうか?運動量保存則の式を作ってみると、

100kg×0km/時=10kg×90km/時+90kg×〇km/時

となり、〇に当てはまる数字は、「マイナス10」となります。 ここでのマイナスは、反対方向への運動を表しています。つまり、90㎏の塊は、時速10kmで右方向へ飛んでいくことになります。 ロケットは、まさにこのような原理で動いています。ただし、ロケットから分離するのは鉄球ではなく、エンジンから噴射される推進剤です。推進剤にも重さがあるので、推進剤を下向きに噴射することで、運動量保存則によりロケットが上方向へ上昇していきます。

もちろん、ロケット本体は非常に重いのですが、推進剤をものすごい勢いで噴射することで 「質量×速度」(つまり運動量)を大きくし、ロケットを持ち上げるのです。運動量保存則は空気が無くても成り立ちます。そのため、ロケットは宇宙空間も飛んでいけるのです。

運動量保存則を活用すれば宇宙までも行けてしまうだろうと最初に気付いたのは、20世紀初頭に活躍したソ連の科学者コンスタンチン・ツィオルコフスキーでした。彼は、推進剤をどれくらいの勢いで噴射すれば、ロケットがどれくらいの速度で飛ぶかを計算する「ツィオルコフスキーの公式」を産み出し、ロケット工学の基礎を築いたことで知られています。 そして、多段式ロケット、宇宙ステーション、スペースコロニーなどの技術を真剣に考察し、地球は人類のゆりかごだが、いつまでもゆりかごに留まることはできないだろうと いう名言を遺しています。

飛行機が飛ぶ仕組み

次は、飛行機が飛ぶ仕組みを見ていきましょう。ロケットと違って、飛行機は空気を利用して飛んでいます。だから、空気の無いところでは飛ぶことができません。飛行機が離陸するときは、滑走路を走りますね。あれは、翼に強い風を当てることが目的です。飛行機の翼に前方から強い風が当たると、翼に接した空気が引きずられることにより、翼の周りに空気の渦が発生します。この渦の効果によって空気の流れが変わり、翼の上部では空気が速めに、下部では遅めに流れるようになります。

このようにして、羽根の上部・下部で空気の流れる速さが変わると、何が起こるのでしょうか?それを理解するには、「ベルヌーイの定理」について知る必要があります。この定理によれば、空気の流れが速いほど、気圧は低下します。つまり、羽の上部における空気の流れが下部よりも速いと、羽の上部の気圧が下部の気圧よりも低くなります。そうすると、気圧の差の分だけ押し上げる力が働き、飛行機が持ち上がることになります。

ベルヌーイの定理  
空気の流れが速いほど、気圧が低下する  
※ベルヌーイの定理は、厳密には数式で表されますが、ここでは概要を言葉で説明しています.

こんな話をしても、「そんなにうまくいくのかな?」と半信半疑な気持ちになるかもしれません。著者が高校時代にお世話になった社会科の先生は、「飛行機みたいな鉄の塊が空を飛ぶはずがない。今までの卒業生で、私が納得するような説明をしてくれた人はいない」とおっしゃっていました。

そこで、簡単な計算をして、本当に浮くのかどうか確かめてみましょう。 ジャンボジェット機の重さは、約350tです。その翼の面積は、およそテニスコート2面分で、約500m²です。そして滑走路を走るときの速度は、離陸直前では時速250~300kmに達します。その際、翼には時速250~300kmの速さで風が当たっていることになります。

このとき、先ほど説明したような仕組みによって、1cm² あたり約70g相当の気圧差が発生します。ちなみに、気圧は本来であればhPa(ヘクトパスカル)という単位で表すのですが、分かりづらいので、ここでは重さの単位で表しています。70gの物体にかかる重力と同じだけの力を受けるということです。

私たちが普段生活している環境では、気圧はおよそ1気圧です。1気圧は、1cm²あたり1kgの力に相当します。そう考えると、飛行機の翼に生じる気圧差は、1気圧の7%ほど (70g÷1kg=70g÷1000g=0.07=7%)ということになります。その程度の気圧の違いで、本当に飛行機を持ち上げられるのでしょうか?

実際に、飛行機の翼にかかる力を計算してみましょう。まずは、1m² あたりにかかる力を求めてみます。1m=100cm なので、

1m²=100cm×100cm=10,000cm²

になります。ということは、1m² あたりにかかる力は、70gの1万倍、つまり、70万g=700kgになります。700kgというと、お相撲さん4人分くらいですね。ジャンボジェット機の翼の面積は約500m²なので、700kgの500倍の力がかかっていることになります。

つまり、

700kg×500=350,000kg=350t(1t=1,000kg)

となり、ちょうどジャンボジェット機を持ち上げられるくらいの力が生まれるのです。小さな力も、たくさん集まるとジャンボジェット機すら持ち上げる力になるのですね。


イラスト:遠山怜(アップルシード・エージェンシー)

※本連載に向け、一部書籍内容より編集しています。

この連載について

初回を読む
日常にひそむうつくしい数学

冨島佑允

身の回りを見渡すと、日常は不思議なほどに美しい「数」の法則にあふれている。知っているようで知らなかった日常の不思議。身の回りに隠された数の神秘。そんな「日常にひそむうつくしい数学」を、京都大学物理学専攻の著者が、小学生でもわかる平易な...もっと読む

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コメント

PagannPoetry そういえば“飛行機が飛ぶ理由はいまだにわかっていない説”もありましたね・・・。 https://t.co/CGtyoAsIKX 6日前 replyretweetfavorite

saori207 @Wassy_mofu 冷血は読んだことないんだけど、カポーティの映画は見たよー🎬⸜(*˙꒳˙*)⸝🍿 いま、十二国記読み返してるから読み終わったら図書館で借りてくるわ笑 あとこれもよかったー!🚀 https://t.co/R8F7s6ISMa 6日前 replyretweetfavorite