第1章「カッコいい」という日本語|5ロックの洗礼

「カッコいい」という感動の本質は、その「しびれる」ような非日常の生理的興奮であり、エレキギターは、そのすべてを備えていたーー。平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは、「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日毎日更新)


5 ロックの洗礼


日本のロック事始め

 いつどこでという正確なところまでは突き止められないが、「カッコいい」の楽隊起源説はかなり有力なのではないかと思う。

 一九五〇年代までのジャズ・ブームは、今日の目からすると意外なほどだが、ビッグバンドのホーンの圧力やスネアドラムの強烈なアタック感、そして、堅苦しさとは無縁の開放的なノリは、戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、日本人に新鮮な興奮をもたらすこととなった。

 しかし、起源はともかく、六〇年代の「カッコいい」の広がりは、同時にロックの受容なくしてはあり得なかっただろう。

 黎明期の五〇年代から「カッコいい」という言葉が人口に膾炙する六〇年代の終わりにかけて、日本のロックは、ほとんど月刻みと言っていいほどに急速に、猛然と発展しており、とてもその詳細を追うことは出来ない。

 今日、ロックが珍しくも何ともない時代に生きている人にとっては、遠い昔の話とも思われようが、ここでは、「カッコいい」を考える上で重要だと思われる幾つかの出来事を確認しておきたい。(6)

 日本のロックの事始めは、一九五五年に公開されたアメリカの映画『暴力教室Blackboard Jungle』のテーマソング《ロック・アラウンド・ザ・クロックRock around the clock》だとされている。ビル・ヘイリー&ザ・コメッツが歌うこの曲は、直ちに日本語でダーク・ダックスと江利チエミによりカヴァーされ、ジャズ風のアレンジながら、日本初のロックン・ロールのSP盤として発売される。丁度、ジャズ・ブームが絶頂を迎えた後、ダンス・ホールでマンボが流行っていた頃である。

 翌年には、カントリー&ウェスタン歌手の小坂一也がエルヴィス・プレスリーの大ヒット曲《ハートブレイク・ホテル》をやはり日本語でカヴァーし、以後、〝和製プレスリー〟として絶大な人気を博する。

 プレスリーの影響は大きく、カントリー&ウェスタンのバンドの多くがロカビリーに転身し、コンサート会場は十代の少女たちで埋め尽くされるようになる。その熱狂的な歓声は、「しびれる」という体感とまさしく一体となったものだった。一九五八年に一週間にわたって開催された日劇「ウェスタンカーニバル」には延べ四万人が動員されている。

 その後、テレビや映画出演などを通じてロカビリー歌手たちは広く知名度を得て、取り分け五九年から放送が開始された『ザ・ヒットパレード』は大きな影響力を持ったが、同時に音楽的には歌謡曲化していった。

 六二年からはツイストのブームが、ロックの退潮を補って若者たちを踊り狂わせる。更に六三年には、坂本九の《上を向いて歩こう》が突如、全米音楽チャートナンバーワンに輝くが、日本の他のポップスがあとに続いて海外進出を果たしたわけではなかった。

 今日の私たちからすると、やや意外だが、アメリカ発祥のロックの受容という意味では、日本はこの時代、ほぼリアルタイムであり、イギリスと比較しても遜色がない。ただ、

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カッコいい」とは何か

平野啓一郎

『マチネの終わりに』『ある男』を発表してきた平野啓一郎が、小説を除いて、ここ十年間で最も書きたかった『「カッコいい」とは何か』。7月16日発売の新書を全編連載。 「カッコいい」を考えることは「いかに生きるべきか」を考えることだ。(平日...もっと読む

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