4 クレージーキャッツ語源説
犬塚弘氏の証言
さて、六〇年代に於ける「カッコいい」ブームの発生源探しの最後に、もう一つ、興味深い説を紹介しておこう。
『日本俗語大辞典』には、「カッコいい」という言葉について、まず「人・物(車・服など)・様式など見た目にすばらしい。すてき。」という、これまで目を通した辞書と同様の定義が書かれているのだが、語源に関しては、更にこう続けている。
「一九六〇年代にクレージーキャッツがテレビではやらせたが、戦前からあることばで、軍隊でも使われていた。主に子供・若者が使用。」
野坂昭如は、「カッコいい」とは、「テレビ関係者の中から生れた、一種の方言である」と書いていたが、その「テレビ関係者」とは、クレージーキャッツのことだったのだろうか⁉
ハナ肇とクレージーキャッツは、一九五五年にその前身「キューバン・キャッツ」を結成し、改称後、六一年に《スーダラ節》が爆発的にヒットし、有名になった一種のコミックバンドである。先述の如く、日本では戦後、一九五三年頃までに一大ジャズ・ブームが到来していたので、その波にも乗った、ということだろう。六二年には、映画『ニッポン無責任時代』に出演し、全盛期を迎えるので、時期的には、「カッコいい」という言葉の流行の始まりと合致している。
残念ながら、メンバーはベーシストの犬塚弘を除いて既に鬼籍に入っているが、幸運にも、その犬塚氏にインタヴューを行うことが出来た。
事情を説明し、真相を確認したところ、次のように話していただいた。
うーん、私たちが「カッコいい」という言葉を流行らせた、ということはないんじゃないかなあ。仲間内でも使っていなかったと思うし。……ただ、その言葉が戦前の楽隊で使用されていた、という説はその通りかもしれない。
クレージーキャッツはテレビで、「俺たちはカッコいい」と主張していたわけじゃないから、たぶん、僕たちを見ていた視聴者とか一般の人たちが、「クレージーはカッコいい!」といつしか言い出して、それがメディアでも取り上げられて、広まるようになった言葉じゃないかな。
そもそも、クレージーキャッツが、他の同じようなバンドと違うところは、お笑いもやるけど、楽譜を読んで、きちんと楽器を演奏するところ。
ほら、楽譜もきちんと読めずにテレビに出るバンドもいるじゃない?
そういう人たちとは違って、音楽家として上手に演奏する様を「粋」に感じて、それをカッコいいと、一般の人は思ったんじゃないかな。お高くとまらなかったし。
一見たんなるお笑い芸人のようだけれど、いざ演奏させてみたら、「すごくうまい!」という〝ギャップ〟に人々は驚いていたのかもしれない。スタイル・容姿・顔立ちが「カッコいい」ということじゃなくて、純粋に音楽の演者としてのうまさ、音楽家としての側面が「カッコいい」という言葉に繋がったんじゃないかと思うよ。
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