40歳以降は人前で泣けなくなるけれど、私の悲しさは私だけのもの

小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回のテーマは「人前で泣くこと」についてです。人前で堂々と泣いてもいいのは20代までだと考えている森さんですが、40代を過ぎてからもふいに泣きたくなることが山ほどあるのだそう。森さんの悲しみの根底にあるものとは何なのでしょうか。

何度か、人前で泣いたことがある。冠婚葬祭などの涙がふさわしい場ではなく、個人的に傷ついたりショックを受けた時に、ついホロッと泣いてしまったのだ。相手は女性のほうが多く、男性はごく少数、というかひとりくらいだったと思う。

もともと人前で感情をあらわにするのが苦手な私だ。他人様の前で泣くなんて言語道断、そもそも目の前でいきなり泣かれたら迷惑に違いない。それでも泣いた。余程の事情があっただろうと推測する。自分のことながら、記憶にモヤがかかってしまっているのだ。10代、20代であったのは確かである。

大人になったら涙をコントロールする術を身につけなければならない

人前で堂々と泣いてもいいのは(泣こうという計算がなく、やむをえないとしても)、20代までではないか、というのが私の持論だ。ぎりぎり30代前半ならしかたがないにしても、40代に突入したら、もう人前で泣いてはいけない。冠婚葬祭以外で大っぴらに泣くなんて、大人としてのたしなみに欠けている。セックス中に感極まって泣いちゃった、というのは例外だとしても。

大人になったら涙をコントロールする術を身につけなければならない。もう、私が何を言いたいか、オーバー40の女性達にはうすうすわかっているだろう。

大人、というか熟女の泣き顔は正直言って美しくない。よほどの美人でないかぎり、目をおおいたくなってしまう。女優さんのように涙一粒こぼして、あとはまぶたの裏で水分を堰き止める、なんて芸当は到底無理なのだ。無防備に泣いてしまったらメイクが崩れ、あられもない顔になってしまう。

たいていの女性はアイメイクを念入りに施しているだろうから、目の周りが黒ずみ、まつエクが落ち、ホラーになって相手が男性だったら100%引く。ぶっちゃけ私はさほどアイメイクを施していないのだけど、それだって多少は目の周りがくすむだろうし、ファンデーションが流れて顔に涙の道筋ができ、ブスに輪をかけてブスになる。

40代以降はもう、メイクした顔がもはやすっぴんと見なされてもおかしくないのだから、すっぴんを涙で洗い流せば空恐ろしい別人が現れるのだ。というと、女性の方々の反感をかうかもしれないが、でも皆さん、なるべくすっぴんの皮(メイク)を剥がしたネオすっぴんなんか、よほど気心の知れた人以外見せたくないですよね。

「なかったこと」にされる感情

でも悲しいかな、40代を過ぎてからもふいに泣きたくなることが山ほどある。それでもたいていの女性は(男性だって)、歯を喰いしばって耐えたり、わきあがった感情を意識しつつスルーする(ように務めている)。それなりに経験値が上がっているから、「こんなことは何でもない」だの「こんなことで泣くなんておかしい」だの、自分を無理に軌道修正させている。

本当はとても重要な出来事なのに「なかったこと」にされた感情は、粉雪みたいに音もなくそっと心の中に降り積もっていき、やがて根雪状態になり、あげく窒息しそうになる。目に見えない悲しかったこと、泣きたかったことに押し潰されて健康を害してしまったり、鬱気味になってしまったり。

本来、悲しみに「こんなことは何でもない」とか「こんなことで泣くなんておかしい」といった位置づけなどないのである。私の悲しさは私だけのものだし、あなたの悲しさはあなただけのものだ。

でも、もうこんな年齢だから人前では泣けない。誰かに言われた一言や、誰かにされた行為に傷ついたとしても、あきらかに相手が故意にそうしているとわかっていても、泣けない。もちろん相手が故意にやっているのではないとしても、泣けない。目頭まで到達した水分を、力づくで堰き止める。女優さんじゃなくとも、大人の女性なら(男性だって)できるはずだし、やってのけただろう。一粒でも涙をこぼしたら、もう負けで、決壊したダムのように流れ流れてしまうのを私達は知っているから。

自ら貼っていた悲しきレッテル

私も40歳以降は、自分の悲しみをないがしろにしてきた。「人前で泣くべきではない」というのは30歳を過ぎたあたりからの持論だったが、「ひとりでも泣くべきではない」という持論を、40歳くらいで掲げてしまった。

なんていうか、客観視して泣き顔って醜いじゃん、と思っていたのだ。誰も見ていないのに、醜い、ブス∞みたいな、それこそ悲しきレッテルを自ら貼っていた。

一昔前に、「週末号泣でデトックス」などという処方箋というかストレス解消法がまかりとおったが、「よーし、今週末は思いっきり泣くぞ! 泣くために悲しさをためておくぞ!」という計画をたてて実際にうまく週末に号泣している人ってどのくらいいたのだろうか。確か「週末号泣デトックス」にはセオリーがあって、お涙頂戴の映画やドラマを観るとか本を読むとか、号泣するための事前準備を万端にするやりかただったように思う。

まあ、記憶の奥底にしまいこまれた悲しみを引っぱりだす術としてはアリかもしれないが、悲しみにも賞味期限があるので、できれば新鮮なうちに涙を流させてあげたい。なので最近私は、悲しいな、泣きたいな、と心がきゅうっと絞り込まれたら、なるべくその日の夜に泣くようにしている。

若さに嫉妬するというのは表面上の問題

40代以降の女性の悲しみって、年齢に付随することが多いのではないか。「人生は50歳過ぎてからが楽しいのよ」とか「還暦を過ぎてからが本当の女の自由よ」とか、周囲からも聞こえてくるのだが、40歳~50歳ってまだ若さにしがみつきたいのだ。だから、ほんの些細なことで泣きたくなる。小説を書いている私にとって若い才能は脅威だし(大人の魅力で勝負!と頭ではわかっているのだけど)、若さあふれた容姿や肉体のピチピチビームには毎朝毎晩ノックアウトされている。

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アラフィフ作家の迷走性活

森美樹

小説家の森美樹さんは、取材や趣味の場で、性のプロフェッショナルや性への探究心が強い方からさまざまな話を聞くのだそう。森さん自身も20代の頃から性的な縁に事欠かない人生でした。47歳の今、自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する...もっと読む

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