ちょうど一年前に始まった小屋ガール通信、今回が最終回だ。
時事ネタでも日常ネタでもなく、ひたすら過去の体験を綴るエッセイで一年間。よくネタが尽きなかったと思う。
最終回は山小屋の思い出ではなく、山小屋を辞めてからのことを書こうと思う。
記名ライター歴1ヶ月の新人がcakesで連載
2017年を最後に山小屋を辞め、2018年1月からライター業を始めた。
最初はクラウドソーシングで無記名記事を受注していた。「おすすめの○○5選」みたいなタイトルで、記事の最後を「いかがでしたか?」で結ぶことを義務づけられていた。このcakesのように、自分の思いを書けるような仕事ではない。ギャラも書いている量に見合っているとは思えず、やりがいを感じられなかった。
そんな中、私は毎日noteを書いていた。仕事では書きたいことを書けないから、発散する場が必要だったのだ。
仕事では本名を名乗っていたけど、noteでは「吉玉サキ」を名乗る。心の中をさらけ出しまくっていたので、知り合いにバレたくなかった。
6月、私のnoteを読んだ編集者さんからお声がかかり、あるメディアにエッセイを書かせてもらった。それが記名記事デビュー。私はなりゆきで、吉玉サキ名義で仕事することになった。
そして、忘れもしない昨年の6月19日。ふとスマホを見ると一通のメールが届いていた。タップして表題を見たとたん、驚きで息が止まりそうになる。
【第二回cakesクリエイターコンテスト】入選のご連絡
私の応募作品がcakesコンテストに入選したため、連載に向けて打ち合わせをしないか、という内容だった。
その後、担当編集さんと打ち合わせをし、連載スタート。
第1話が公開されてすぐ、山小屋の後輩・キンキンから「吉玉サキさんですか?」とLINEがきて、頭が真っ白になった。
知り合いにバレたくないからペンネーム使ってるのに……!
cakesの影響力を思い知り、ちょっと怖くなる。
ちなみにその後、キンキンはこの連載を愛読してくれた。LINEの文面からどことなくこの連載に登場したがってる雰囲気を感じるのだけど、特別書けるエピソードが思いつかず、ついに登場させられなかった。最後なので無駄に登場させてみた。
※いつもは登場人物のあだ名を変えて書いているが、キンキンはあえてそのまま書いた。
下界の社会は思っていたより怖くなかった
それから少しずつ仕事が増えた。
エッセイだけではなく、取材に行ったり、インタビューもするように。今数えたら、この一年で12の媒体に書かせてもらっていた。
最初の頃は、下界での社会人経験がないことに引け目を感じていた。
名刺交換もビジネスメールを打つのも慣れない。自分の社会性に自信がなく、いちいち「変な人だと思われてたらどうしよう」とドキドキしていた。山のタヌキが里に下りてきて、人間に化けて働いているような。
しかし、下界の社会は案外怖いものじゃなかった。たまたま運が良かったのかもしれないけど、どの媒体の編集さんもいい人で、山のタヌキとバレても鉄砲で撃たれることはない。
あれ、山に行く前は「社会に適応できない」って悩んでたのにな。意外と大丈夫じゃん……。
山小屋の10年間で社会性が身についたのか、webメディア業界が合っていたのか。
仕事やnoteを通じて、だんだんと下界にも居場所ができていった。
同時に、「吉玉サキ」が本名の自分を侵食していくような感覚もあった。吉玉と呼ばれることが増えて、本名で呼ばれることが減っていく。
それが嫌なわけじゃないけど、少し戸惑った。
連載が書籍化! 猛ダッシュで駆け抜ける日々
12月に平凡社さんからこの連載の書籍化のお話をいただき、cakesの担当さんと平凡社の編集さんと打ち合わせをした。
cakesでは登山者以外の人を読者として想定しているから、恋愛や人間関係の話を多めにしている。一方、書籍は登山者をメインターゲットとし、コアな山小屋の話を多く収録したい。そのため、12記事ほど追加で書くことになった。
夏山シーズンに間に合うよう発売は6月。書籍化が正式決定したのは1月下旬で、残りわずか5ヶ月だ。
それからはますます猛ダッシュで駆け抜けた。
3月前半までに、書籍収録分の原稿をすべて納品する必要がある。それまで月4本書いていた小屋ガールを、1ヶ月半で12記事書くスケジュールだ。他の仕事もしながらなので、ものすごく目まぐるしかった。
原稿を納品してからも作業は続く。webではあえてくだけた文体を採用しているのだけど、そのまま書籍にすると少し違和感があるので、表現をだいぶ改めた。
辛かったのはゲラのチェック。初稿に赤を入れ、平凡社に送る。すると再校が送られてきて、今度はそれに赤を入れる。簡単そうだけど、連載時から何度も読んでいるからまったく頭に入ってこない。
なんとかすべての作業を終えたのはGW後のことだった。
そして6月19日、cakesコンテスト入賞のメールを受け取ってからちょうど一年後、私の著書『山小屋ガールの癒されない日々』が発売された。
これを機に、仲のいい友人たちには吉玉サキというペンネームで仕事をしていることを報告した。
もともとの友達も、吉玉サキになってから知り合った人たちも、みんな応援してくれた。
本を買ってくれた人、感想をくれた人、書籍のPR戦略を立ててくれた人……。よく耳にする「周りの人たちのおかげ」という言葉をここまで強く実感したのは、人生で初めてかもしれない。おかげさまで、本は重版が決まった。
本を上梓したことで、取材を受けたり、ラジオ番組にゲストで呼ばれたり、今までにない体験が増えた。
また、書籍がきっかけでアウトドア雑誌にコラムを書かせてもらい、紙媒体デビューした。秋には地方新聞にコラムを短期連載する。
一年前の私が知ったら驚くようなことを、今の私は体験している。
一年後の私には、今の私が想像もつかないくらい面白いことをしていてほしい。
私のために用意された居場所なんてない。だけど、私次第で居場所を築くことができた。
今年の4月、久しぶりに山小屋のみんなと会った。
そのとき、まったく懐かしさを感じないことに驚いた。私の中でまだ、山小屋の日々は遠いものになっていないのだ。
けれど、今の私にとって山小屋が居場所かというと、やっぱりそんなことはなくて。
居場所ではない。けれど、ここは私が「いてもいい場所」だ。
自分次第で新しい居場所を築けるし、新しい居場所を得たからって前の人間関係が失われることはない。関係性の数だけ、居場所は増やしていける。
連載の第1話に、私はこう書いた。
大丈夫。砂丘も社会も広いし、あなたの居場所は必ずどこかにあるから。
山から下界に拠点を移して一年半が経った今、この表現を訂正したい。
居場所はどこかに「ある」のではなく、「築くことができる」。
山小屋も今も、私のための居場所が用意されていたわけじゃない。試行錯誤しているうちに少しずつ、生きやすくなった。今だって試行錯誤している。
居場所を築くのは自分だ。
もちろん、今の環境が苦しいなら無理に居続けなくていい。だけどどうか、自分はどこに行ってもダメだなんて思わないでほしい。
大丈夫。あなたはきっと、どこかに居場所を築くことができるから。
イラスト:絵と図 デザイン吉田
たちまち重版! 好評発売中です!
『山小屋ガールの癒されない日々』出版記念トークイベントを開催します!
吉玉サキさんのトークイベントと著書の販売、サイン会などを行います。
カフェでゆっくりお茶しながら、みなさんで交流しませんか。
《開催・日時》
2019年7月27日(土)
18:30 開場・受付
19:00 トークイベントスタート
20:30 本の販売・サイン会・著者と交流
(21:30 終了)
《会場》
岐阜ホール 東京都台東区上野桜木1-4-5-2F
《参加費》
無料 ※カフェのため1ドリンクオーダーをお願いいたします。
《定員》 30名
《ご予約》
こちらのサイトからお手続ください。