ちゃんと」の押しつけに悩む人、抜け出す人【第13回】

ユング、フロイト、ジョブズ、ザッカーバーグ、夏目漱石……。規格外のはみ出し者たちが人類の文化に貢献してきた一方で、「ちゃんとする」ことへの要請は強さを増すばかりです。社会の歯車になれず、「定型」から外れた人は病気なのでしょうか?
脳科学者・茂木健一郎さんと臨床心理学者・長谷川博一さんの新刊『生きる──どんなにひどい世界でも』を連載で全文公開。(火・木・土更新)

photo by 飯本貴子

社会の中でのポジションは 自己肯定に必須? 

長谷川 茂木さんの「生きづらさ」はなんなのでしょうね。子どもの頃の話、幼少期の話を聞いたときには、それを感じない。

茂木 多分、僕がつらくなったのは家庭じゃなくて学校でしょうね。中学が一番苦しかった。ものすごい苦しかった。

 僕はたまたま、学校の勉強はできたけど、友達はできない奴が多かった。学校の先生や世間は中学くらいから評価を変えてくる。そこから世の中の構造化が始まったんです。自分が「成績のいい奴」というファイルに入れられることも嫌だった。「俺はエリートだ」とか「努力してそういう地位を勝ち取りました」とか、社会の中であるポジションを与えられることが自己肯定につながる人もいると思うんです。だけど、僕は、自分がそういうファイルに入れられることが大丈夫じゃなかった。今でも大丈夫じゃない。

 僕の言っていること、わかります?

長谷川 茂木さんがおっしゃるように、一般的には、社会の中でポジションを与えられることが自己肯定につながっている人は多いと思います。

 例えば、成績がいい人の中にもタイプが3つあって、一つは、もともとできちゃう人。学業に関係する脳の部位が生まれつきハイパーな人ですね。それから、努力してすごく勉強しながらも、違和感を覚えながら自己否定にさいなまれている人。勉強を除いたら自分には何も残らないのではないかと思いながら。最後の一つは、もうそれで自分は完成しているかのような万能感にひたっていて、いわばニセモノの自己肯定感に酔っている人です。

 これらの中で最も危ないのが最後のタイプじゃないかと思っています。

茂木 僕が、夏目漱石のような人にどうして惹かれるのかというと、彼は国からの文学博士号授与を固辞したり、西園寺首相(※29)の宴に呼ばれたときに行かなかったりしている。そういうところにとてもシンパシーを感じるんです。「漱石は、そういうことが嫌だったんだな」って。

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生きる──どんなにひどい世界でも

茂木 健一郎,長谷川 博一
主婦と生活社
2019-07-19

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生きる──どんなにひどい世界でも

茂木健一郎 /長谷川博一

「生きづらさ」の正体は何なのか? 現代社会の病理はどこにある? 脳科学者と臨床心理学者が出会ったとき、いのちが動きはじめ、世界の見え方が変わります──。7月19日発売の書籍を全文公開。

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コメント

megamurara 精神疾患は疾患なのだろうかと思うことがあります。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

yutan80 「定型」と言われる人の幅がだんだん狭くなっていく気がします…私も全くそう思う。 https://t.co/R4N9IboHWt 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

muni83403165 人が人を生きづらいたらしめているよな~そして障害はその人個人より社会側により生まれるのだ……  約1ヶ月前 replyretweetfavorite

toe_hiro 上っ面だけ 約1ヶ月前 replyretweetfavorite