ネット時代だからこそ、紙の本に没入せよ
本題に入る前に一言申し上げたい。ネット時代は今後さらに深化していくであろうからこそ、紙の本を熟読することを強く勧めたい。連載第1回の推薦図書『ネット・バカ』にある通り、ネット時代においてわれわれの思考は浅くなりがちである。ネットの利便性がわれわれを注意散漫にしていくのだ。
大事なことは、紙メディア全盛時代に戻ることではない。ここまでネットにスポイルされたわれわれは、もうネット時代以前には戻れない。ネットはネットで使いこなせばいい。とはいえ、ネット上でのサービスや技術を必死に勉強して獲得する必要はない。なぜならネット上のサービスや技術は、さらにわれわれを甘やかそうと、ますます簡便になり、生活のあらゆるところに浸透してくると思われるからだ。
それより心がけるべきは、ネット全盛時代が進む今後こそ、「読書」でバランスをとることだと思う。集中力を維持向上できる、読書という「没入作業」を大事にするのだ。
何百冊分ものデータを入れても重くならない電子ブックより、あえて紙の本で読んでほしい。なぜなら人間の記憶は、多様な記憶が有機的につながることで強化されるからだ。本の重みや厚み、紙やインクの匂いやシミ。これらが貴重な情報となり、内容やその理解と結び付いて記憶となってくれるのだ。これからの時代こそ、紙の本を読むことをまずはお勧めしたい。
読書術はアメリカの名門大学生に学べ!
さて本題に入ろう。読書術を学ぶ相手として、アメリカの名門大学の学部生は最適である。何しろ読まされる分野の広さや量が半端ではない。今回は、私が出会った学部生やビジネススクール修了者の話から、その"術"を探り出し、学んでみたい。
まずは私が最近出会った学部生の声を聴いてみよう。トップバッターは、エール大学学部生でロースクールへの進学を希望している、Nさんからの回答——。
「専攻によって、1週間に読まされるリーディング・アサインメント(課題図書)のページ数は違います。読む量が少ない専攻の場合は毎週0~50ページですみますが、文学や歴史専攻の学生たちは、1コマの授業だけで200ページほど読まされることもあるそうです。私は宿題で出されたものは全て読むようにしていますが、あまりに忙しい週はパラグラフ・リーディングをすることもあります。つまり段落ごとに読むわけですね。私の場合は段落の最初と最後を読んで、その段落の要旨を理解します。経済学の論文にはアブストラクト(抜粋・概要)や要約があるので、アブストラクトを読むと、作者の主張がだいたいわかります」
ご存じの方も多いだろうが、パラグラフ・リーディングとは段落(パラグラフ)ごとに読んでいくこと。とくに英語圏の文章では通常、1つの段落につき1つの主張が含まれている。そしてその主張は段落の最初または最後の1文に含まれていることが多い。したがって、各段落の最初と最後の一文だけを拾い読みして、段落ごとの主張を拾っていけば、著者がその本で言いたいことを最低限理解することができるわけだ。
続いて、同じくエール大学の学部生で、医学部に進学を希望しているKさんの回答——。
「僕は基本的には全部読みますね。科学論文を読む場合は、まずアブストラクトから読みます。これであらましがわかるので、読む前に気持ちが定まります。そして"はじめに"と"おわりに"を読みます。次に論文の中の数字をチェックします。これでデータがわかるわけです。最後に、研究や実験の方法、分析、最終結果を読みます。このようにして、情報を入れていくべき思考フレームワークの骨格をむきだしにしていくんです。そこに情報をどっと流し込む。それで肉づけができて、本の中身を全部理解できます」
医者志望だからというわけでもないだろうが、レントゲンを撮るように本の骨格をむき出しにして、そこから情報を流し込むというのが彼のスタイルだ。スケルトン・アウト・リーディングとでも名付けようか?
速読力を鍛える「spreeder」
古典的だが、指差しリーディングも有効だ。上のKさんはこう続ける。
「長い文章を読むときは、文章を指していく指を早くスライドさせるようにして、目の動きと速読力を鍛えます。文章にアンダーラインは引きません。それは僕にとって覚えることに役立たないからです。その代わりに、行間にキーワードを書き込んでいきます。ウェブで長い文章を読むときは、spreederというプログラムを使います。これに文章をコピペして使うと早く読めます」
このspreederというサービス、なかなか面白い。ボックスに速読したいテキストをペーストすると、設定したwpm(1分間あたりに読む単語数)に応じて、テキストが画面上を流れていく。wpmの設定を上げるほど、テキストが流れるスピードが速くなる。
試しに使ってみると、まるでカーレーサーが動体視力を高める装置のようだ。集中力と動体視力が高まるので、速読力は間違いなく向上するだろう。ただ、あくまでテクニックなので味気ない気がする。無機質な資料や簡単な科学論文を、正確かつ速く読むのに向いているのだと思う。ただ、芸術作品や深い思考を必要とする高度な文章には不向きだろう。われわれ社会人の日常生活でいえば、新聞や雑誌は数倍の速度で読めるようになるはずだ。このサービスの日本版があってもいいと思う。
続いて、コロンビア大学を卒業した寺田悠馬さん。彼のテクニックは、アウトプット思考リーディングとでも言おうか。読み飛ばすことはせず、基本的に最後まで読む、と前置きしたうえで、寺田さんは次のようにコメントしてくれた。
「パラグラフ・リーディングもしますが、一番重要なのは、アウトプット(目的)をしっかり持って本に向かうことですね。“何を知りたいのか”を自分の中で常に明確に持っておけば、読むモチベーションも上がります」
課題図書を「完読」することは求められていない
アメリカの大学では、リーディング・アサインメントを完読すること自体は評価されない。読んで得たものを、実際の授業の中で自分の意見や解釈として披露できて、初めて評価の対象になるのだ。
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