1 「カッコいい」の定義の難しさ
ヒトの勝手
「はじめに」で書いた通り、「カッコいい」という言葉は、誰でもその意味を知っているが、では具体的に何を、誰を指すのかとなると、途端に話がややこしくなる。そこがまず、この言葉の定義の難しさである。
人について考えてみよう。
サッカー・ファンならば、例えば、クリスティアーノ・ロナウドの名前を挙げるかもしれない。しかし、サッカーに興味のない人にとっては、外観はともかく、ロナウドのどこがそんなに「カッコいい」のかは、わからないだろう。彼を「カッコいい」と思う人がいる、というところまでは理解できても、「では、辞書に載せる『カッコいい』人の代表例は、クリスティアーノ・ロナウドでいいですね?」と確認を求められたならば、ちょっと待ってほしいと言いたくなるだろう。
野球好きは、大谷翔平の方が「カッコいい」と言うかもしれないし、サッカー・ファンでさえ、中高年ならば、ジダンやジーコといった、往年の名選手をむしろ推薦するかもしれない。格闘技好きで映画好きならば、ブルース・リーの名前なども挙がることだろう。
そもそもスポーツに興味のない人にとっては、「カッコいい」人とは、スティーヴ・ジョブズかもしれず、ジョニー・デップかもしれない。あるいは、ケンドリック・ラマーと言う人もいれば、米津玄師と即答する人もいようし、松本潤、山下智久や新田真剣佑だと断言する人もいるだろう。韓流ファンは、なぜ、防弾少年団(BTS)の名前が出てこないのかと、イライラしているかもしれない。
「カッコいい」女性というと、スポーツ選手なら大坂なおみ、生き様すべてが半ば神格化されているココ・シャネル、エマ・ワトソンにナタリー・ポートマンといったハリウッド女優、安室奈美恵、天海祐希、……と、これまた様々で、桐島かれんのような人も、ただ美人というだけでは足りず、やはり「カッコいい」という印象ではあるまいか。
矢沢永吉が武道館でコンサートを行う時には、全国からファンが集結し、北の丸公園の駐車場は、「E. YAZAWA」のデコ車で埋め尽くされる。服装、持ち物、髪型、更にはその挙措に至るまで、とにかく矢沢一色である。彼らに、「カッコいい」人というと、誰だと思いますか?などと訊ねるのは、愚問だろう。
ともかく、誰を「カッコいい」と思うのかは、完全にヒトの勝手であり、それをとやかく言われると、京都のバーのケンカのように、非常に不愉快である。
せっかく「カッコいい」という若者言葉で森鴎外を賛美した三島由紀夫は、恐らく一つ間違いを犯している。彼は、「そのとき彼らは鴎外の美を再発見し、『カッコいい』とは正しくこのことだと悟るにちがいない」と言うのだが、若者に、本当に「カッコいい」とはこういうことだなどと教え諭す態度は、三島ファンにはありがたがられようとも、そうでない人たちからは、むしろ反感を買うだろう。それは暗に、彼らが「カッコいい」と思っているものを見下していると取られるからである。
なぜ人によって違うのか
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