書籍化しました!
“よむ”お酒(イースト・プレス)
本連載『パリッコ、スズキナオののんだ? のんだ!』が本になりました。
その名も『“よむ”お酒』。
好評発売中!
ひとり飲みや、晩酌のお伴にぜひどうぞ
注文の悲哀
居酒屋で店員さんに向かって「すいません!」と発声し、呼びとめた上で自分が注文したいメニュー名を告げる、これが苦手だ。苦手というか、私が声を出しても何も起こらないことが多い。
自分が好きな店に友達数人を案内し、「ここは料理がどれも凝っていて美味しいんですよー」などと言ってみんなの注文を取りまとめ、私が代表者として「すいませーん!」と厨房に向かって声を発するが、世界は1秒前と何も変わらない。シーン。あの時、どうしても照れて笑ってしまう。そして見かねた友人が「注文いいですか!」などとビシッと声を出すと一発で気づいてもらえる。そういう場面がこれまでの人生であまりに多すぎた。もうこりごりだ。
昔、「あなたの声は空中にすぐ消えていくタイプの声だね」と言われたことがある。「迫力の歌声が胸に刺さった」などと言うように、人の声には刺さるものとそうでないものがあるのかもしれない。遠くまで通る声がフェンシングの剣先だとしたら、私の声は耳かきの反対側についてる白い綿みたいなものなのだろう。
兄ちゃんよっぽどオーラ無いわ
「高めの声で発声するといい」というアドバイスをもらった。確かに今、部屋で原稿を書きながら、できる限りの甲高い声で「すいませーん!」と言ってみたのだが、夢中でゲームをして遊んでいたらしい子どもの「え、なに?」という声が聞こえてきた。効果があるかもしれない。だが、恥ずかしい。いつもぼそぼそ喋ってるくせにいきなり甲高い声が出せる自信がない。
もう一つ、別にもらったアドバイスが「目を合わせる」だ。店員さんを目で追い、しっかり目を合わせてから手を上げる。「目が合えば声を張る必要はない」という。これについては今度、実践してみようと思う。
ただ、私は自分の存在感の希薄さを日頃から頻繁に感じさせられている。以前、大阪・中津の角打ちに入って瓶ビールと小鉢のおつまみを注文した際、いくら待っても出てこなかった。最終的に店主が私の前に何も無いのを見て自分から気づいてくれたのだが、その時「ずっと店やってるけどな、こんなこと初めてや。兄ちゃんよっぽどオーラ無いわ」と言われた。そう、私が悪いのである。だから目を合わせようとして、果たしてお店の人と視線が合う時が来るのかは不安だ。
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