萬乗醸造の久野九平治社長。400年の歴史を持つ酒蔵の当主だが、フットワークの軽さは業界一。Photo by Rumi Souma
「自分たちは日本酒が最高だと思っていたが、世界では全くそうじゃない。そこに悔しさがあった」
こう語るのは「醸し人九平次」というブランドで知られる萬乗醸造の久野九平治社長だ。そこで久野氏は驚きの行動に出る。後述するように、日本酒の蔵元でありながら、フランスでワイン造りを始めたのだ。
萬乗醸造は愛知・名古屋の由緒ある酒蔵で、久野氏はその15代目。だが、25年前に家業を継いだときは、他社の下請けでしのいでいる状態だった。「こんな薄利多売の商売が続くはずがない」と奮起し、純米大吟醸に特化。現在は25人の若手社員が酒造りを担う。
成熟した日本酒のマーケットより、海外の方が伸びしろがあると考えた久野氏は、海外にも直接営業に出向いた。飛び込み営業でもレストランのオーナーは気軽に応対してくれたが、毎回必ず聞かれることがあった。
「あなたの酒に使われている米はどんな作り方をしているのか」
すなわち、ワインでいう「テロワール」(栽培された産地、気候、土壌)だ。
日本酒の場合、酒造りの工程や原料の酒米の品種を聞かれることはあっても、米作りそのものについて聞かれることはなかった。
だが、海外で酒を売ってみて、ワインが全ての世界基準になっていることに初めて気付かされた。日本酒の世界では、自社で酒米を栽培するのではなく買ってくるのが常識だが、ワインの世界ではワイナリーが自分のブドウ畑を持っているのが普通であり、日本の常識が通用しなかったのだ。
もちろん久野氏らも、酒米の栽培農家から話は聞いているものの、自ら作っているリアルさがない。海外で営業を続けるうち、「ワインのような世界観で日本酒について語れない後ろめたさがあった」(久野氏)。
そんなとき、社員の一人が「米を作りましょうよ」と言いだした。世界のマーケットではオリジナリティーが称賛される。ワイン造りにおけるブドウのように、日本酒造りにおける米についても、その年その年のドラマがある。そう気付いた久野氏は、米作りに取り組むことを決断する。
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