新政酒造の日本酒はおしゃれなラベルで知られる。だが、酒造りは極めて伝統的だ。最古の酵母を使い、江戸時代の製造法を復活させ、醸造にはタンクでなく木おけを使う。ピュアな酒造りに徹底的にこだわる。
嘉永5(1852)年創業の秋田市の酒蔵、新政酒造の長男として生まれた佐藤祐輔氏が、フリージャーナリストから転じ、同社に入社したのは2008年、34歳のときだった。当時の新政は、普通酒の市場縮小にもがく、つぶれそうな酒蔵の一つだった。
2012年に就任した佐藤祐輔社長は、原点に回帰した酒造りを打ち出す
佐藤社長が赤字の垂れ流しを止めるための選択肢は限られていた。売り上げの8割を占めていたパック普通酒と決別し、市場が拡大する純米酒(添加物を使うことなく、米、麹、水だけで造られた日本酒)の世界で勝負するしかない。
これからの新政の酒造りは、混ぜ物など一切入れず、「地元のものしか使わない」。佐藤社長はそう心に決めた。
まずは酒米からである。味もよく、使いやすいとして全国的に人気があった山田錦を捨てた。手間はかかるが、09年から「酒米を全て秋田県産米にする」ことにした。
続いて酵母だ。当時、大吟醸酒用の酵母として最新型の1801号が人気を博し、全国の酒蔵がこぞって使用していた。
だが、これには見向きもしなかった。佐藤社長が「とてもありがたかった」と振り返るように、とっておきの酵母があった。現役の酵母としては日本最古で、1930年に新政のもろみから分離された「6号酵母」である。
苦心を重ね復活させた
江戸時代の製法
新たな酒造りに挑んだ、初期の代表作の一つが「やまユ」。
生酛純米の生酒「ナンバーシックス」は、6号酵母の「6」をあしらった斬新なラベルデザインも人気を後押しした
新政の日本酒のラベルには、醸造方針が記されている。全てに「秋田県産米」を使い、「純米造り」で「6号酵母」で醸す、添加物(醸造用酸類、ミネラル、酵素など)は一切使用しないとある。
栽培された産地や気候、土壌の個性を重視するワインの「テロワール」に相通じる「地元のものしか使わない」というこだわりは、生き残りのためだった。だが、おかげで酸味がしっかりとした、個性的な味の酒質を生み出すことができた。差異化にもつながり、経営の立て直しに大きく貢献した。
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