彼の指、ハナエさんの指

海沿いの静かな街で、エステサロンやネイルサロンを経営している女性たちのところに通っているという牧村さん。はじめてエステに行ったのは18歳の時だそうです。エステティシャンの「ハナエさん」との会話を思い出しながら、なんのために肌や髪を整えてきたのかをふりかえります。


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はじめてエステに行ったのは、18歳の時だった。

わたしは恋をしていた。バイトもしていた。顔の毛穴が開いていた。

バイト代を顔の毛穴対策に使ったら恋もうまくいくかなあと思った。


「お年は……18歳?」

わたしの頬を指先でなで、肌の具合を見ながら、エステティシャンのハナエさんはそう言った。ハナエさんは華やかなブラウンカールヘアだった。肌がプリプリだった。ばちんばちんのまつげをしていた。年齢は覚えていない。ただ、ハナエさんがわたしの年齢を知って、「母娘レベルの年の差とは言えない」という意味のことを上品な接客敬語で言って笑ったのは覚えている。ハナエさんがふわふわの泡でわたしの顔を洗う。「10歳の息子がいるんですよ」。それからハナエさんは敬語を崩していった。ごく自然に。それこそ、母のように。

「18歳からお手入れしておけば、私の歳になった時もらくちんよ。朝子ちゃん」

すっかり素直にコース契約して、わたしはハナエさんの元に通うようになった。

「朝子ちゃんはきれいなお顔立ち。どんな女性に成長していくのか楽しみね」

母目線だった。

「朝子ちゃんの長いまつげ、カールしてみたらどんなふうになるか見てみたいな」

わたしはハナエさんのまつげカールも予約してしまった。

「朝子ちゃん」

コースを終える前に、わたしは恋を終えた。


わたしが恋した美青年は、

色白で、線が細くて、不健康に骨張っていて、指が長くて、呼吸器が弱くて、月の光みたいだった。そんな彼が結局、わたしの知らない女のマンションに居座り、わたしの知ってる女の子たちにもだいたいあの指で触れていたことを知って、うっわ、なんていうか、こう、うらやましい、と思ってしまったのだった。わたしだって、わたしだって……こっちだってな、お前みてぇに生まれたかったわ。きれいな男に生まれてさ、「僕は憂いているのです」みてぇな顔してさ、花の匂いさせて甘ったれやがって、それでまんまと甘えさせてもらってやがんの、なんだよ、ふざけんな、クソうらやましい、ふざけんな。

エステは女ばっかりで、エステティックでコスメティックな女の努力の匂いがして、ハナエさんの指づかいは洗練されていて、18歳は少女期の終わりで、わたしは、逃れられなさが恐ろしくなった。自分があまりにも女になっていく、そのことからの逃れられなさが恐ろしくなった。「いっそ、少女のままで死にたくなる」。そう書いた太宰治もやっぱり骨張った男であり、ご立派に「太宰治」(個人名)コーナーを作ってもらっている文士センセイであり、文学賞はもらってねえにしても、たぶん、いや確実に、あの野郎、さんざん、女とセックスしまくっているのだった。キー。ぐぎぎ。

「朝子ちゃん」

ハナエさんの指がこの顔を整えていく。


この世で女として期待されるかたちに整えていく。

「あのね、これから働いていくならね、マンション買っておくといいよ?」

恋が終わったことをハナエさんには話していなかった。そのはずだった。

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牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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