この連載が書籍化されてからというもの、ありがたいことに取材を受ける機会がある。
よく聞かれるのは「山小屋スタッフってどんな人が多いですか?」という質問。
そのたびに「いろいろですねぇ」とつまらない返答をしてしまう。だって、本当にいろいろなのだ。
下界の職場もいろんな人がいるだろうし、山小屋だって同じ。「変わった人が多そう」とか言われるけど、そんなこともない。
スタッフの年齢や経歴はさまざま
私のいた山小屋はスタッフの年齢層が19歳~50代と幅広い。ここ数年は、20代後半~30代がもっとも層が厚かった。
経歴もさまざま。学生やフリーターから山小屋スタッフになる人もいれば、仕事を辞めて転職してくる人もいる。
スタッフの前職は、料理人や看護士、ジムインストラクターやアパレル店員など、どちらかと言えばデスクワーク以外が多い。珍しいところでは、ギター職人や地方TV局のディレクター、シ○ネルの美容部員など。
また、会社の社長が3ヶ月だけバイトに来たこともある。山が好きすぎてどうしても山小屋で働いてみたくて、弟に会社を任せて来てしまったそうだ。
ちなみに「素朴な人が多そう」と言われるけど、ここ数年、毎年ひとりはファッションタトゥーを入れている子がいる。心は素朴でも、見た目は素朴とも限らない。
全国からいろんな人が集まるから、今までの生活圏内では決して出会わなかったような人とも出会う。
アラサーでずっと地元から出たことのないスタッフが、「山小屋、日常では出会えないような面白い価値観の人ばっかり……!」と目を丸くしていた。
正直、23歳から山小屋にいた私にはその感覚がよくわからない。「え、ふつうじゃん?」と思う。
長く続けてる人の性格には傾向がある?
スタッフの性格はさまざまだけど、長く続けているベテランには傾向がある。
まず、男性。一般的には粗野で無骨な山男をイメージするかもしれないが、私の周りはむしろ、物腰が柔らかな人のほうが多い。クレバーで飄々としていて、ちょっと茶目っ気のある人。
彼らは「デキる男感」を匂わせてはいないものの、とても頼りになる。
何十kgもの荷物を背負って山を歩けるし、レスキューにも出るし、イレギュラーな事態が起きても解決してくれる。ちなみに、普段は頼りない夫も、レスキューが発生したときは冷静に対処していて見直した(要救助者は無事でした)。
そんな山男たちを見て、ある新人女性スタッフは「山小屋に来て、男の人が優しいことに驚いた。今までの職場なんてクソみたいな男しかいなかったのに!」と吐き捨てていた。それ、今までの職場に問題があるだけでは……。
女性はと言うと、サッパリしていて付き合いやすい人が多い。共同生活は協調性が大事だけど、長く続けている人たちは意外とマイペースだ。
かくいう私もマイペースと言われる。小学生のときから、友達に「トイレ行こう」と誘われても、「今行きたくないからいい」と断るタイプだった。
山小屋に来る女性は、コミュニケーションのスタンスが似ている人が多いと思う。
山小屋の人と下界の人は興味あるものが違う?
よく「山小屋って変わった人が多そう」と言われる。
でも山小屋の人間は別に世捨て人じゃないし、環境が山というだけで、ふつうにサービス業に従事してお給料をいただいている人たちだ。資本主義社会から切り離された独自の価値観の人たち……なんてことはない。みんな、俗世を生きているふつうの人。少なくとも、私は初めて山小屋に行ったときから違和感がなかった。
私は今フリーライターで、webメディア業界の人たちと関わっている。山小屋とwebメディア業界。とても離れた業界だけど、どちらの人とも、違和感なく付き合えている。「価値観が違いすぎて話が噛み合わない」とは思わない。
山と下界は、文字通り地続き。「山の人」と「下界の人」に断絶はないのだ。
断絶はないと言い切った上で、あえて「山の人」と「下界の人」の違いに言及するなら、興味の対象だろうか(もちろん人によるが)。
たとえば、下界の友達と話していて、話題が学歴や年収に及んだとき。私はあまり興味がなくて、「ふーん」くらいしかコメントがない。山小屋の友達もだいたいそんな感じ。
だけど、下界の友達はその話題にものすごく関心が強かったりして、その温度差に驚くことがある。不快とかではなく、ただただ「関心の度合いが違うんだなぁ」と思う。
じゃあ山の友達とはどんな話をしているのかといえば、好きなものの話題が多い。
山の人は、自分の好きなものについてキラキラと語る人が多い。山や自然はもちろん、映画や音楽、着物や民俗学など、ジャンルは多岐に渡る。
数年前、ソルティ(あだ名)という男性スタッフがいたが、彼は異常にプレゼンが上手かった。好きなウイスキーの銘柄や推理作家について熱っぽく語るのだ。ソルティの話を聞いていると、ついその本を買ってしまう。夫は彼に影響されていいお値段のウイスキーを購入していた。
人が圧倒的な熱量で好きなものについて語っている姿は、見ていて気分がいい。
山にいるうちに、「山の人」になっていく
もともと「山の人」気質の人間が山小屋に来るとは限らない。
誰だって、山小屋に来る前は「下界の人」だ。下界の人が山小屋に来て、馴染むに従ってだんだんと「山の人」になっていく。郷に入っては郷に従えというけど、従っているつもりはなくて、無意識のうちに染まっているのだろう。
私も、自分に対して「山の人になったなぁ」と実感したことがある。
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