君に生きていてほしい【第2回】

茂木健一郎さんの対話の相手をつとめる長谷川博一さんは、カウンセラーとして長いキャリアを持っています。生と死の狭間にいる人に何人も出会ってきたという長谷川さんは、生きづらさを抱えるすべての人に向かって、「君に生きていてほしい」と呼びかけます。
書籍『生きる──どんなにひどい世界でも』の刊行を記念して連載がスタート。第1回、茂木さんが語るプロローグはこちらから。

photo by 飯本貴子

プロローグ 君に生きていてほしい(長谷川博一)

「普通」を要請されることが多い社会で、
「普通」でいられない自分は、確かにいる。
「普通」でいられないと、社会との軋轢が起きる。
どうしたら社会でうまくやっていけるんだろう。
どうしたら幸せに生きていけるんだろう。
「生きていくことがつらい」と感じることもあるかもしれない。

そんな時、「君は生きるべきだ」とは、私は言いたくはない。
「君に生きていてほしい」と思うだけだ。

「普通」でいられない自分に 悩む人が増えてきた

 最近、カウンセリングの現場で少しずつ変化が起きている。これまで、私のセンターでは、子どものことで悩むクライエント(相談者)が多かったのだが、「普通」を要請する社会で、「普通」でいられない自分がいることに悩んでいる人が増えてきたという実感がある。

 クライエントは、家庭で自分自身の存在を肯定されていない(いなかった)ことが多い。それは、本人が意識している場合もあるし、していない場合もある。

 例えば、子どもが一人でポツンと遊んでいたとしたら、あなたはどう思い、どう行動するだろうか。もしくは、あなたの親はどのように行動するだろうか。

 その子がそのままで心地よく思っていたとしても、一人で遊ぶのは寂しいだろう、一人で遊んでいては心配だなど、さまざまな理由から、「もっと外で遊びなさい」「友達をたくさん作りなさい」「みんなと一緒に遊びなさい」と子どもの在り方を修正しようとすることがある。うまくいかなかった人生を抱えている親ほど、子どもを「普通」と言われる方向、つまり社会的に望まれている部分を伸ばすようにしようと、子どもに強迫的に介入することがある。自分が果たせなかった夢や思いをそこで成就させようとしてしまうのである。

 少子時代、その傾向に拍車がかかり、親から子どもへの介入が増えてきている。子どもの数が少なくなって、一人ひとりに丹念に「しつけ」をすることができるようになった。「しつけ」とは、言い換えれば、監視と矯正だ。そのように育てられてきた人たちが、今親になり、そして子育てをしている。

 一方で、自分の子どもが「普通」よりもできない部分や普通とは異なる部分をたくさん持っていても、そのままを無条件に肯定できる人もいる。そういう人たちは自分自身の人生において許されてきた人である。

 中には、家庭では無条件に肯定されて育っていても、社会に出た時、社会から「こうあるべき」という強い要請を受けて戸惑う人もいる。もちろんそこで悩みもするが、そこまで深く長く「生きづらさ」を感じない人もいる。そういう人たちの話を聞いていくと、幼い頃に家で認められていたことがわかる。

 社会が堅固に組織化されておらず、悪く言えば構造的にガタガタ、よく言えば緩やかだった時代には、学校や会社などの中にも大まかさがかなり残されていた。しかし、今では役割などが明確化され、「こうあるべき」という要請が社会の中で増大し、それぞれに監視体制を敷かれるようになってしまった。

 こうした社会構造の中では、それに対してきっちり成し遂げたいという特性が強い人は、「現実の自分」と、「理想の自分」「あるべき姿」「親や周囲から期待されている状態」との乖離が大きくなり、特に生きづらくなると考えられる。

変化のチャンスは 誰にでもある

 ある時、カウンセリングを受けにきた若者は、家族から「お前なんかがいるから周りが苦労するんだ」「お前には生きる価値はない」と言われ続けていた。本人も、「自分が生きていてもしんどいだけ。自分が生きていると他の人に迷惑をかけてしまう。だから死んだほうがいい」と言う。

 そう言う若者に対して、とにかく「生きなければならない」と言う人もいるだろう。しかし、「この世にせっかく生まれてきたから」「授かった命だから大切にするべきだ」という意見には、どこにも根拠がないと思う。なぜ生きなければならないのだろうか。苦しいことを解消することが目的であれば、この世からいなくなれば苦しみはなくなるのに。

 私は時に考える。

「これだけ生きづらい社会の中で、どうして人は生きなければいけないのだろうか」

「死にたいという思いを抱えながら、なぜ生きなければいけないのか」

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