肉じゃがでいいよ」だと……?

山小屋スタッフの食事はまかない。10年間山小屋で働いていた吉玉サキさんは自炊経験なしで山小屋に行って、まかない作りに四苦八苦。それでも自分が作ったご飯を「美味しい!」と言ってくれるスタッフの存在はありがたいものでした。この連載を元した書籍『山小屋ガールの癒されない日々』も好評発売中です。

山小屋で働いていたと言うと、よく「じゃあお客さんのご飯作ってたの? すごーい!」と言われる。

しかし、お客様の食事は毎日同じものを流れ作業的に作るので、そんなに大変ではない。大変なのはむしろまかないだ。

毎日、献立で頭がいっぱいになるし、初めて作る料理は評判が気になってドキドキする。

私はまかない作りに苦手意識があったけど、最後の数年は少しだけ、自信を持つことができた。


自炊経験なしでまかないに苦戦

23歳のとき、味噌汁・焼き魚・サラダしか料理のレパートリーがなかった。

そんな私が、山小屋でいきなり人に食べさせるごはんを作ることになった。厨房担当じゃないからお客様の食事は作らなかったけど、まかないは当番制なのだ。

まかないは2人~3人で作る。ひとり1~2品おかずを作るのだけど、お互いかぶらないように、「私はこれ作るね」と申告してメニューを決める。はじめの頃は、メニュー選びからつまづいた。何を作っていいかわからないし、作る量もピンとこない。

山小屋は体を使うので、若者たちはお腹を空かせている。だから、「食べ盛りの運動部員」が喜ぶメニューを大量に作るのが正解なのだけど、年の近い男兄弟がいないため、その感覚がいまいちわかっていなかった。

当時の私は「料理にかかる手間」もわかっていなかった。

たとえば、豚肉と野菜で一品作るとき。肉野菜炒めと野菜の肉巻きなら、肉野菜炒めのほうがラクだ。肉巻きは美味しいけど巻くのに手間がかかるし、人数分数えて作らなければいけない。時間がないときには不向き。

なのに、当時の私はなぜかその判断ができなかった。

忙しいときに野菜の肉巻きをチョイスしてしまい、みんなに「まだ~?」と言われて涙目になったことを覚えている。


「肉じゃがでいいよ」だと……?

山小屋生活5年目の年、まかないの腕がスキルアップする出来事があった。

工事があり、建物の修繕をする業者さんが寝泊りすることになったのだ。当然、食事も提供する。

そのときはスタッフ7人の小さな山小屋にいたのだけど、業者さんを入れると倍の14人になる。その人数の食事を毎食、私を入れた女子チーム3人で作った。

これがかなり大変だった。単純に「量が多い」というのもあるけど、それ以上に、気を遣うのだ。

下界と違い、山はコンビニも飲み屋もない。仕事が終わっても、食べたいものを自由に食べられない。

好きこのんで山にいるスタッフと違い、この状況を強いられている業者さんたちはストレスが溜まるだろう。少しでも美味しいものを食べてほしいのが人情ってものじゃないか。

これまで以上にまかない作りに励んだ結果、私の料理の腕は飛躍的に向上した(人並みになった)。

しかし、食材が限られている山小屋ではだんだん献立のネタも尽きてくる。私たちは毎日料理本とにらめっこしながら「今日のメニュー、どうしよう」と頭を悩ませた。

ある日、いつものように私たちが料理本を睨んでいると、支配人が「そんな凝ったものじゃなくてもいいよ。肉じゃがとか、簡単なもので」と言った。

はぁ!?

14人分の肉じゃが作るのが、どれだけ大変だと?

しかも、毎日肉じゃがってわけにもいかないでしょう。凝った料理を作りたいから悩んでるんじゃない。限られた食材でバリエーションを持たせたいから、知恵をしぼっているのに!

支配人は、私たちへの気遣いの意味で言ったのだろう。それはわかるけど、女子3人はちょっとムッとしてしまった。


仲間の「美味しい!」がモチベーション

その後、私と夫は人事異動で小さな山小屋を任された。

近隣の大きな山小屋のスタッフが日替わりで手伝いにくる。彼らは朝に来て、私の作った朝ごはんを食べてから仕事をする。

私は一人ひとりの好き嫌いをノートにメモした。そして、「今日は順番的にAちゃんが来るから、あの子が嫌いなネギは使わないようにしよう」とか、そんなふうにメニューを決めていた。

みんな、朝ごはんを食べては目をキラキラさせて「美味しい!」と言ってくれる。

特にリアクションが良かったのは、大食いキャラのナナ。彼女は、先に食べ終えて仕事をしている私にわざわざ「サキちゃん! これ、マジでうまいよ!」と大声で伝えてくれたりする。

「サキちゃんのごはん食べれるから、こっちの山小屋に手伝いに来るの楽しみ」とまで言われて、単純な私はとても嬉しくなってしまい、「よーし、もっと美味しいもの作るぞ!」と発奮した。

料理本を買ったり、作ったことのない料理に挑戦したり、食べたいもののリクエストを募ったり。

ナナにとってはごはんがモチベーションだったかもしれないけど、私は、ナナが美味しそうにモリモリ食べてくれるのがモチベーションだった。

ある朝のこと。その日は、手伝いのスタッフが朝ごはんを食べてから来ることになっていたので、私は何も用意していなかった。私も夫も、朝はコーヒーとトーストで十分だ。

すると、ナナが道場やぶりのように「たのもー!」と言いながら入ってきた(いつもそうやって登場する)。支配人の連絡ミスで、ナナはこっちで朝食をとるはずだったのだ。

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小屋ガール通信

吉玉サキ

第2回cakesクリエイターコンテスト受賞作! 新卒で入った会社を数ヶ月で辞めてニート状態になり、自分のことを「社会不適合者」と思っていた23歳の女性が向かった新天地は山小屋のアルバイト。それまで一度も本格的な登山をしたことのなかった...もっと読む

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コメント

kyama7 おいしそうにもぐもぐ、は、お料理モチベ上がりますね!調味料ならぬ栄養ドリンクに。 おいしい、は大切。| 5ヶ月前 replyretweetfavorite

etozudeyoshida こんにちは。 イラスト、描かせていただきました。 未読の方、よろしければ是非! おいしい、は大切。|吉玉サキ @saki_yoshidama | 5ヶ月前 replyretweetfavorite

arigator_ #山小屋ガール本 でも食について触れてたけど、ごはんは本当に大切だなあって感じる… 楽しみにしてくれる、おいしいって言ってくれるひとがいるのは、幸福なことだなあ おいしい、は大切。 https://t.co/57MQCPAvsw 5ヶ月前 replyretweetfavorite

paultaskart 大食いのナナちゃんかわいい! 料理なんてそもそもしんどい作業なんだから、おいしい、は続けていく上で必要だよなあ😭 おいしい、は大切。|吉玉サキ @saki_yoshidama | 5ヶ月前 replyretweetfavorite