はじめまして! 私はマレーシアという小さな国に長期滞在して7年になります。
マレーシアはよく「寛容」「多様性」というキーワードで語られます。日本人には人気があり、12年連続住みたい国ナンバーワン。最近ではテレビで放映されることも増えてきたようです。
私はたまたま1990年代にマレーシア人と知り合い、成り行きで住むことになったのです。日々起きることが楽しすぎて、ブログに書いていたら、日本人読者からは「マレーシアが羨ましい」と言われるようになり、それが最近、一冊の書籍になりました。
日本人は「怒ってばかり?」
先日、インド系の友人に会ったら、「何の本を書いたの?」と聞かれました。私は「日本人も少しマレーシア人を見習って楽になろうって本だよー」と答えたのです。
「寛容さとかね」って説明したら、そのインド系の友人に「それ前から思ってた! 何で日本人って小さいことですぐに怒るの!?」と聞かれました。
確かに、一部の日本人はマレーシア人から見ると、ちょっと怒りっぽく見えるようです。
ただし、良いところと悪いところは紙一重です。
私がマレーシアに学ぶ本を書いたというと、「マレーシアから何を学ぶの? 日本の方がいいじゃない」という人たちもいます。そう、マレーシアは「ルック・イースト」といって、昔から日本や韓国など東アジアをお手本にしてます。特に日本人の真面目さや、日本の電車の正確さや、町の清潔さ安全さは、マレーシアではよく賞賛されます。
逆に、日系の企業の管理職などが「マレーシア人はちょっと怒るとすぐに辞める」などと愚痴を言うのも聞きます。
一方の私は、この国に住むうちに「怒らない」「怒られることの少ない」社会の良さもあるな、と思うようになりました。
ホントのところ、マレーシア人はどのくらい寛容なのか。寛容な社会ってどんな感じなのか、人々は何を犠牲にしないとならないのか。
この連載では、そんなマレーシアで発見したことをお伝えしていきます。
「多様性の国」マレーシア
マレーシアは複雑な国です。
東南アジアにあり人口は3162万人ほど。タイやインドネシア・シンガポール・ブルネイなどに囲まれています。シンガポールとは、もともと同じ国でした。
主流はイスラム教徒のマレー人。この他に、華人とインド系が住んでいます。イスラム教徒、華人、インド系の3大民族に加えて、インドネシア系やフィリピン系、タイ系などの少数民族がたくさん住んでいて、さらに混血も盛んです。
個性の強い3大民族は考えもバラバラ。コミュニティは分かれています。意外にお互いのことを知らなかったりします。かと思うと、マレー人なのに中華学校で中国語を習っている子や、中華系のイスラム教徒がいたりもします。政治的にはブミプトラといってマレー系が優遇されています。
外国人労働者大国で、5人に1人は外国人、と言われます。レストランなどで働いているのはミャンマーやバングラディッシュ、フィリピンからの出稼ぎの人が主です。
こんな感じでバラバラですから、簡単に何かを断定するのが難しいです。
例えば、日本人に「マレーシアでは今、何が流行っているの?」と聞かれることがあるのですが、答えに困ります。
テレビもラジオも、マレー語、英語、北京語、タミル語など、いろいろな言葉があり、民族ごとに見る媒体が違い、スターもそれぞれ違ったりします。インド系はボリウッド(インド映画)が好きで、華人は香港スターを見てたりします。中華系にも福建人、客家人、上海人、いろんな人がいるんです。
よく物価が安いとか治安が良いとか言われますが、物価は上がってきましたし、治安も言われてるほど良くありません。
そんなわけで、いつ人種を火種にする暴動が起きてもおかしくないような国なのですが、不思議なことに、この国を語るときにもう一つよく使われる言葉が「寛容性」なのです。
旅行者が気づくマレーシアの寛容性
私が1990年代に最初にマレーシアを旅行して気づいたことは、街の中の人々が子供に優しいことでした。
日本だと、子供に優しいのは割と年配の女性が多かったりしますが、こちらは老若男女、子供好きな方が多い。特に中年やティーンエイジャーなどの男性が親切です。
私が子供を産もうと決めたのも、マレーシア人の子育てを見て、「ここで子育てしたら楽そうだな」と思ったからです。
電車に乗ると、子連れというだけで席を譲る人が多いです。子連れというだけで手を振ってくれるガードマンや、レストランで子供をあやしてくれるウエイターさんもいます。
大人もワイワイしているので、子供が静かにできなくても、あまり目立ちません。
見知らぬ他人に対する人々の距離も近く、エレベーターやエスカレーターですぐに話しかけられます。スーパーのレジに長蛇の列ができていても、レジの人はゆっくりしていて、おしゃべりしてたりします。それでも怒る人はあまり見かけません。
イスラムの国なのに、クリスマスも休日で、モールに行けば、どこもクリスマス・ツリーが飾られています。こうした宗教的な寛容さも、マレーシアではよく知られています。
寛容性だけでは語れない部分も
一方で、厳しいな、と思う面もあります。
例えば、マレー半島東側地域は保守的な政党が支配しており、イスラムの戒律が厳しいので知られています。ビーチでのビキニを禁止する看板を立てるかどうかで議論になったことがあります。公共の場での飲酒も難しいです。
宗教への侮辱行為についても厳格です。外国人がモスクの前でホットパンツで踊り、問題になったこともあります。
また、人種差別や、他人への侮辱的な行為も慎んだ方が良いです。以前、あるコインランドリーが「イスラム教徒のみを顧客とする」とした看板を出して、炎上したこともあります。当時はジョホールの王室からも、イスラム教徒の伝統的な寛容さが損なわれていると批判されたのです。
逆にボディショップが「華人スタッフを募集」という看板を出して、これが差別的だと炎上し謝罪する騒ぎになりました。全く怒らない、という訳ではないのです。
いろんな人種の人がいますので、火種にならないよう、うまく気を遣ってやり過ごしているようなところがあります。この多様性に対応するための知恵が「寛容性」なのかもしれません。
町中で怒っている人をほとんど見ない国
では、普通に生活している上ではどんな感じか?と言いますと、とにかく怒らない人が多いです。
マレーシアって電車が1時間遅れてたり、信号が壊れてたり、エスカレーターが壊れてたり、スーパーで買った牛乳が腐ってたり、まあ日常生活ではいろんなことが起こるのですが、声を荒げて怒っている人を見ることが、ほとんどありません。
街を歩いていても、街宣車の怒鳴り声も、誰かをディスる広告も、ウエイトレスに怒鳴り散らしている人もいません。
私はマレーシアに来た頃は東京にいた頃と同様に、年中怒っていました。しまいにはマレーシア人たちから「アングリーバード」とあだ名をつけられたほどです。が、7年経ってあまり怒らなくなりました。なぜかというと、怒ると損をするのだ、ということを体感で学んだからだと思います。そして、今も毎日、いろんなことを学んでいます。
このコラムは、そんな私がマレーシアで学んでいる仮説のご紹介です。
次回は、マレーシア人たちがどのくらい怒らないのか、というお話をしたいと思います。