5章 マデイラ
カマラ・デ・ロボス
旅するワイン
ポルトガルの航海の歴史をボトルに詰めると、マデイラワインになる。 大航海時代、旅でアイデンティティーを得たワインだ。しかも世界で唯一、わざわざ温めて造る。そんな冒険ともいえる醸造方法を持つワインは、この世にマデイラしかない。
なぜ温めるのか。
それはワインが人間と同様、船に乗って旅に出たことがきっかけだ。
マデイラ島は、入植がはじまって数十年でワイン生産が盛んになった。最初に持ち込まれた苗は、記録によると、クレタ島のマルヴァジア・カンディダだという。長い航海で、水は腐るがワインは持つ。また、当時の船乗りの大問題だったビタミン不足などを、ワインで多少補うこともできたと言われている。 ヴィニョ・ダ・ロダ(旅するワイン)と言われるように、木樽に詰められたマデイラワインはアフリカ経由でアジア、または大西洋を越えて新大陸へ旅立ち、船底で激しく揺られながら赤道を何度も超えて、数年後しばしば樽のまま戻ってきた。その旅帰りのワインの味が格段に良くなっていることに気付き、次第に旅したワインと同じような風味や味わいになるよう、偶然ではなく人工的に加熱熟成するようになった。
加熱熟成の方法は大きく分けて2つ。太陽熱で自然に温まった部屋に木樽を寝かせるカンテイロ方式と、タンクで人工的に温めるエストゥファ方式。温めた後もブドウの種類や品質によって、木樽で何十年と寝かせたり、それらをブレンドしたりして様々に味わいを作り出す。
また、マデイラは酒精強化ワインでもある。マデイラの酒精強化は、ブドウの糖分がアルコールに変わる発酵の最中に、アルコール度数の高いスピリッツを加えて酵母の活動を止め、発酵を強制的に止める。これによってブドウの自然な甘みが残り、アルコール度数も上がるので、長期保存に耐えられる質になる。甘みの加減は、スピリッツを加えるタイミングで調整する。
と、ここまでは、日本でも調べれば分かる知識だ。
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