いだてん』第24回「種まく人」〜第一部完結・火は夜をわたる

脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、チーフ演出・井上剛、大注目のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」第24回「種まく人」。関東大震災により、東京は壊滅状態に。治五郎(役所広司)が作った神宮外苑競技場は避難所として人びとを受け入れ、そこで女学生らが傷ついた人びとの救済に尽力する。四三(中村勘九郎)は心配する熊本のスヤ(綾瀬はるか)や幾江(大竹しのぶ)の元にも僅かな時間帰省するが……

〈「いだてん」第24回「種まく人」あらすじ〉
関東大震災により、東京は壊滅状態に。治五郎(役所広司)が作った神宮外苑競技場は避難所として人びとを受け入れ、そこで富江(黒島結菜)ら女学生が傷ついた人びとの救済に尽力する。四三(中村勘九郎)は心配する熊本のスヤ(綾瀬はるか)や幾江(大竹しのぶ)の元にも僅かな時間帰省。援助物資として食料を譲り受けるなか、神宮で復興運動会を開催し、スポーツで人びとを元気づけるアイデアを思いつく。そして「復興節」の歌がはやり、孝蔵の落語が疲れ切った人びとに笑いをもたらす。


わたす人

 四三が走る。背中に背負子を負い、その横様に松明をぶっさしてある。こんな四三は今まで見たことがない。

 ある場所から何かを経てもう一つの場所へとゆくことを「わたる/わたす」と言う。一方で、こちらが何かを差し出し、相手がそれを受け取ることもまた、「わたる/わたす」と言う。和語では、これら二つの異なることを同じことばで言い表す。体じたいが川を渡り、海を渡り、空を渡ることと、体から体へとものが渡ることとが、同じことばの下で、相通じる感覚を持つ。「わたる」と口にするとき、体は川や海、流れを越えて向こう側にゆこうとする。わたしという岸辺から、わたしの腕や足は遠くまで伸びて、あなたという岸辺へとひといきにわたろうとする。けれどわたしをまるごとわたすことはできない。だからあなたにわたす。わたしからあなたにわたる。

 金栗四三はずっと、どこかからどこかへ自らの体で「わたる」人だった。若干二十一歳で、シベリア鉄道を横断し、遠くストックホルムまでたどり着いた。八年後には太平洋を渡り、アメリカ大陸を横断し、さらには大西洋を渡りアントワープ、そしてベルリンまで。その間にも日本全国で次々と駅伝や競技会を開催し北から南までを走破、「もう日本に走る道はなか」とまで言い放った。

 四三が走ると、誰もが走りたくなる。彼とともにストックホルムから渡来した投げ槍をはじめとする競技用の道具は、のちに野口の十種スポーツへの参加を促した。四三にあこがれる人々によってマラソンや駅伝が広がり、女性のスポーツが広がった。四三に備わった脚力と走ることへの尽きぬ意欲は、後輩を駆り立て、シマのあこがれとなり、走る人々を増やしてきた。四三が走るだけで、走ることへの情動は、人々にゆきわたる。その活躍はまさに、「いだてん」の名にふさわしい。

 しかし、「いだてん」の意味はそれだけではなかった。熊本に帰った四三に、幾江は言う。「ぬしゃ韋駄天が何の神様か知らんとか? 人々んために、走って、食いもんば集めて運んだ神様たい」。幾江に半ば叱咤され、半ば励まされて、四三はスヤとともに、救援物資を持って東京に戻った。それからというもの、いままでは空だった背中にいっぱいの物資を負うて、東京中を走った。あちこちの避難場所に物資を脚で運び、手渡す。バトンを差し出すように手を差し出し、相手の手にわたす。四三は「わたる」だけでなく「わたす」人になった。

 それにしても、四三の背負子にささっている、長い松明は何なのか。弟子たちの背負子にはない、あのいかにも通行の邪魔になりそうな奇妙な松明は、何のためのものか。

夜をわたる人

 火は不思議だ。火は夜を静かに照らす。同じ火が猛威を振るって、街を焼き尽くす。人は、この災いをもたらす火を、自分の手元に置き、静かな火として鎮めることを覚えた。 火を絶やさぬよう守り、新たな火へとわたしていくようになった。

 火を囲み、孝蔵清さん小梅は語らっている。突然、清さんが「しっ」と声を潜める。耳を澄ますと泣きすする声がきこえる。その、夜の声を破らぬように、三人は火を見守っている。「気が済むまで泣いて、こっちはきこえねえふりして、また明日、何食わぬ顔で、おはようっていうんだ。孝ちゃんにはよ、そういう落語をやってほしいな。泣いてもわらってもいいじゃねえかってやつをさ」。揺らめく火が、孝蔵の顔を照らしている。まるで泣くこと、わらうことといっしょにせわしく明滅するように。そのような、静かな火だけが、この夜をわたることができる。

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今日の「あまちゃん」から

細馬 宏通
河出書房新社
2013-12-25

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今週の「いだてん」噺

細馬宏通

近現代を扱ったNHK大河ドラマとしては33年ぶりとなる「いだてん〜東京オリムピック噺〜」。伝説の朝ドラ「あまちゃん」と同じ制作チーム(脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、演出・井上剛)が、今度は日本人初のオリンピック選手・金栗四三と、6...もっと読む

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コメント

abetomo これ読んでまた泣けてくる https://t.co/G8Equ0Mfo3 1年以上前 replyretweetfavorite

muenchen1923  毎回素晴らしいドラマ評だったなぁ。わたるひとがわたすひとになり、松明はいつか消えるが誰かに渡され続ける 1年以上前 replyretweetfavorite

urara_cfs 素晴らしい… 1年以上前 replyretweetfavorite

mizukisf ダメダ・・・涙出る・・会社なのに;; 1年以上前 replyretweetfavorite